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260620_日本語版_神聖開発勉強会.pdf
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◆ 260620-午後_勉強会
皆さま、こんにちは。6月20日土曜日の勉強会を始めます。はじめに、世界平和のお祈りを統一CDは使わずに行います。はい、よろしいでしょうか。はじめます。
<世界平和の祈り>
ありがとうございます。はじめに、お知らせからです。来週の土曜日の朝のプログラムは、夜の特別プログラムは、いつもの順番でいきますと『神聖の眼で世界を見つめる日』なんですけれども 通常の『七ヶ国への祈り』ですが、その日はいつものプログラムをお休みして、代わりに『Unity Earthのプログラム』に参加します。
参加をするというのは、私たちが毎日朝と夜にやっている七ヶ国のお祈りのプログラムを、Unity Earthのその日の日本時間 夜 朝9時から9時半の時間に組み込んでもらって、Unity Earthに繋がっている世界中の人たちへ向けて、「こういうお祈りをやっている人たちがいるんだよ」ということを紹介する時間にするということです。
話の始まりは、6月の初めぐらいに、アメリカにおられるフミさんの方から私に話があって、「アメリカ東海岸の夏時間で6月21日から27日に、Unity Earthのユニティウィークというイベントがある。そのイベントに参加しないか?」というお誘いでした。
毎年やっている1週間のユニティウィークの間は、Unity Earthの方でその1週間はずっとたくさんの団体のお祈りなどのイベントをプログラムとしてやっていて、私たちはその中で、日本時間の6月27日の 夜 朝9時から9時半の枠に組み入れてもらって参加する、という形になっております。
そのときに行うことは、いつも朝晩やっているプログラムです。世界平和の祈り、ワンネスのメディテーション、人類本来の在り方の宣言、七ヶ国へのお祈り、それから、地球世界感謝行、自然環境再生へのお祈り、地球への癒しのお祈り、人類の神聖復活の祈りと、いつもやっているプログラムを、英語だけで行います。始まりから終わりまで、英語オンリーで行います。
なので、ちょっとまだリハーサルをやってないんですけれども、私たちのプログラム自体は、20分ちょっとで終わるんじゃないかなと思うんです。で、始まりの部分と終わりの部分で、フミさんにお話をしてもらって、一番最後に、皆さまもご存知のドット・メーバーさんにも参加してもらって、サイレントミニットをやってもらい、それで終わりにするというプログラムを予定しておりますので、よろしくお願いしますというお知らせでした。
私自身は、その日、ちょっと半年以上前から予約してた温泉に行く日なので、宿から参加する形になります。なのでまあ、浴衣を着て出るのか、ちゃんちゃんこを着て出るのか分かんないですけど、そういう形で参加をさせてもらいますので、この世界地図はない状態で出ますので、よろしくお願いいたします。ということです。(※土曜の朝は自宅から参加します)
で、今日は6月の20日、明日が6月の21日、日が一番長くなる日、夏至の日ですね。これはスピリチュアル界隈の人たちにとっては美味しい日なんですね。心と体のデトックスがとってもはかどるだとか、何かをやるには最適の日だとか、まあ、私は興味がないから皆さんが何を言ってるのかよく分かんないんですけど、特別な日だと言われております。
で、「この日にこういうことをやったらアセンション一気にできるよ」って類の話があるんですけど、皆さまもそうだと思うんですけど、そういう話を聞いても、心が惹かれる方はあまりいらっしゃらないと思うんですね。そんなに特別な日があって、その日にみんなが一気に変わるんだったら、もっと早く地球は良くなってるはずですよね。
夏至なんてものは毎年一回来る。冬至の日も、なんかお祭りみたいに騒ぐ人がいますけれども、そういうのって必ず年に一回来てるんだけど、その日を境に変わった人間っていうのを、私は見たことがありません。
これは一体どういうことなんだろうって、目を閉じて心の奥に聞いてみると、『日常生活が大事なんだよ。一瞬一瞬の意識の使い方が一番重要なんだよ。それが一番大事なことなんだよ。だから、一瞬たりとも揺るがせにしてはいけないんだよ』って響いてきます。
これは、運命というものがどういうふうに創られるのか、ということを振り返ってみても分かる話だと思うんです。一瞬一瞬の積み重ねで今の人生がある。その一瞬一瞬っていうのは、今回、何年何月何日に生まれたという、この今生の人生の時間だけではないですよね。
もう何度生まれ変わりをやったのか知らない、過去世も含めたその一瞬一瞬の時間の使い方で、今この瞬間の自分が出来上がっている。だから、そういう特別な日にみんなが一斉に変わるとか、そういうことはあり得ないんだなっていうことを思っております。
で、私たちが本当に変わるために一瞬一瞬が大事なんだ、という話は、いつもいつもこの勉強会でして来ているんですけれども、自分の生活の中に取り入れて、それを自分なりに工夫を凝らしてやってきた方は、もう皆さん、手応えを感じていらっしゃると思います。本当に変わった、もしくは変わりつつあるっていう、手応えを掴んでいらっしゃるんだと思うんです。
でも、「いや、私はやろうと思うんだけど、なかなかできないんです」っていう方も時々いらっしゃるんですけれども、みんな一人一人、それぞれが本気になるタイミングっていうのがあるんですね。この話も何回かしてるんじゃないかしらって思うんですけど、本気で変わりたいって思って、変わるための行動を始める時旬(とき)があるんです。
この「とき」というのは、時間の「時」というよりは、「今が旬だね」とかっていう時に使う「旬」をつけ、『時旬(ときしゅん)』と書いて、『とき(時旬)』です。そのように、一番ベストなタイミングというのが、必ずどんな人にもあります。
今地球上で生きていて、神聖復活しない人はいないんです。「プーチンさんやトランプさんみたいな人も神聖復活するのかしら?」って思われる方がいらっしゃるかもしれないんですけど、神聖復活する時が来るんです。人を何十人も殺めて刑務所に入ってる人たちも、神聖復活する時が来るんです。
どんな人も神聖復活するんだから、人類に先駆けて世界平和の祈りをしてきた人たち、人類に先駆けて神聖を甦らせるための印を組んできた人たちが変わらないわけがないんですね。
だけど、善人には善人なりの「神聖復活できない理由」っていうのがある。それは一言で言えば、把われの想いを強く掴んでしまっているということです。思い込み、こだわり、決めつけ、執着とか、「こうあるべきだ」「こうしなければいけない」とかのように、「自分が正しい」って思っていても、実際にはそれが真理から外れている場合があるんですね。
時々言う話ですけど、意識レベルが霊界の上位の世界まで行ってるにもかかわらず、もうそこで安心しちゃって、神界に入ろうとしない人たちがいっぱいいるんです。あの世にもいっぱいいるし、この世にもいっぱいいらっしゃる。
この言い方は、あんまりする人がいないと思うんで、今、おやっと思った方がいらっしゃるかも知れないんですけれども、私たち、こうやって肉体界に意識の中心を置いて生きていますけれども、意識レベルで見たら、あの世にいる人と同じでなんら変わりがないんです。心・意識の平均点のある場所が、意識レベルのある場所なんですね。
今、霊界の中間ぐらいの場所で生きてる人もいるかもしれない。今、まだ幽界の上の方で生きてる人もいるかもしれない。霊界の上の方まで行って、この瞬間を肉体で生きてる人もいるかもしれない。
だから、我々がこの肉体の体を脱ぎ捨てて「さようなら」ってあの世に帰る時には、もう何のことはない、自分の意識レベルのあるところに行くだけ。だから、死んでも生きてても意識の面から観れば同じだってことです。肉体がないだけ。肉体がないだけで、意識レベルとしては全く同じ精神状態で生きてるんです。あの世へ行っても、ですよ。
だから、白光の人たちは、「五井先生がお迎えに来てくださるのだ」とかって、なんか宣言文にまでなっちゃってますから、もうそれを励みに、それを楽しみに、もう死ぬことが待ち遠しくって、ワクワクワクワクして過ごされてる方もいらっしゃるかもしれない。私はそういう方々には、村田さんの霊界通信シリーズを10回以上連続で読んでもらいたいと思ってます。
死ぬっていうのは、そんな生やさしいもんじゃないんです。昌美先生は嘘を言ってないです。五井先生がお迎えに来てくださることは本当です。でも、それは一回いいところへ連れていってもらうだけのことなんです。
その『往生の歓迎セレモニー』が終わって、あの世で自分と守護神さまだけになったときに、守護神さまから言われるんです。「さて、あなたは肉体界で、これとこれとこれをやり残してきたね」と。口で言うだけじゃないんです。肉体界の在りし日の自分の姿を映像として見せられるんです。だから、「そんなの知りません。それは私じゃありません」なんて言い逃れができないんですね。
それで守護神さまから、「じゃあ、今からその修行の場に行くけれども、そこでの修行をやり終えた暁には、またこの世界に戻って来ることができるであろう」って希望を持たされて、自分の修行の場に行くことになります。
でも、あの世の修行は大変なんです。肉体界で同じことをやるのと、死んでから同じことをやるのでは、この世にいた方が、もうどんなに消えてゆく姿の実践がはかどることか。その違いっていうのは、計り知れないぐらいのものです。
なんでそういう言い方をするかというと、あの世は、思った瞬間に即行動してるんです。「なんだ、こんちくしょう」って思ったとしたら、足を出してるのか手を出してるのか、相手を殴っちゃったりしてるんです。
でも、この世っていうのは、「ちょっと待てよ」って、心の中に言いたいことがあっても我慢していれば、自分が暴力を振るうことはないんです。そして、そういう想いの用い方をしないようにやり直す時間もたんまりとあるんですね、この世という場所は……。
あの世はやり直そうにも、思ったことが即現実になって返ってくるから、なかなか思ったようにやり直せないのです。
だから、この肉体を持って生きているうちに、すべての魂的な修行、宿題は全部終わらせて、この世にいる間に悟りを開いて、神我一体になってから帰った方が、あの世へ行ったらもう楽で楽でしょうがない。って言っても、あっちの世界に行ったらまた次のミッションがあるかも知れない。「じゃあ、あなたは今度、天象を司る神霊の役割やるかい」とか言われて、いろんな仕事が回ってくるんです。
けれども、魂の宿題をやり切っていない人には、そういうお声はかからないんですね。そういう人は、自分の魂の課題をクリアするための修行の場での働きというものが、メインになるからです。
だから、今この瞬間に、たとえば隣近所なんかで、どうしても「あの人苦手なんだよね」「好きじゃないんだよね」「できればあの人の顔を見たくないんだよね」って思ってしまうような人がいるかもしれない。もしくは家族の中にそういう人がいるかもしれない。お友達の中に、もしくは職場にそういう人がいるかもしれない。生きてる間中に、そういう心のわだかまりを全部ほどいてから、あちらの世界へ帰った方がよい、ということです。
もう実際に、今ここにいらっしゃる中で、何人かの方は、もう完全に仏さまみたいな精神状態になってる人もいるんです。だけど普通の場合は、「あの人は好きだ」とか「いや、嫌いだ」とかっていうのが、この人間界の標準(常識)になってますね。
だけど、そういう常識を変えていかなきゃ地球は平和にならないんです。『人間だから愛が深い』『人間だから嫌いな人がいない』『人間だからこそ誰ともうまくやれる』『人間だからみんなで協力して働ける』という姿を、まずは世界平和を祈れる人たちから創り上げて、示してゆく必要があるんです。
自分がなるんです。誰かにそれを期待するんじゃないんです。私たち一人一人がなるんです。『人間だから神の子の姿を現わしている』『人間だから天使のような姿を現わしている』、そういう自分を育て上げるために、毎日の生活の中の一秒一秒、一瞬一瞬を使って過ごしておりますと、もう意識進化がものすごくはかどってまいります。
私最近、「五感に頼り、挙げ句の果ては執着したり、権能を明け渡してしまってるからよくないんだよな」って思ってるんです。五感を外したら、自由自在な自分、「ああそうだった、こうだった、こういう感覚だった」って、生命が本来持つ自由自在性を思い出せるんです。
だけど、この肉の目があって、この肉の目で見る世界がある。この肉の耳で聞く世界がある。この肉の手で触れたり、味わったりする感覚がある。鼻から入ってくる香りがある。これらの感覚があるがために、生命の本当の世界のことが、私たち、分かんなくなっちゃったんです。
だから、昔の仏教系のお坊さんたちは座禅を組みましたね。瞑想統一を修行の核に据えて、自分というものを空にする、無にするっていう修行をやってきました。私も過去世でやりました。皆さんも覚えてらっしゃらないかもしれないけど、過去世のどこかで、そういう修行をやってます。
それで、今回の人生、もう生まれ変わりはないよっていう話を聞いた方もいらっしゃるかも知れないんですけれども、世界平和の祈りを祈れる人たちにとっての今生というのは、地球での輪廻転生の最後の人生になります。
今回の人生がどれくらい生きるのか分からないですけれども、もう自分が自分だと思っていた自分を卒業して、神々の一員としての私たちとして生きる時が来ています。神聖を顕現して生きるべき時が来ています。
もう心の中で目覚まし時計が鳴っているのに、気がつかれている方もいらっしゃると思います。「いつまでも寝てる場合じゃないよ、もう起きる時間だよ、起きようよ」って、心の中であちらの世界の縁ある人たちが呼びかけてるんです。呼びかけてるっていっても、あの世へ誘われてるんじゃないですよ。『肉体に居ながら目覚めなさいよ』って言われてるんです。
もう、肉体にありながら神霊の姿を現わして生きる段階に、今来ております。そうすると、この肉体だと思ってた体が、幽体の波動になり、霊体の波動になり、神体の波動になってきます。
もっとこれから、3年、5年、10年って時間が経ってゆく中で、そういう心と体の変化に、いちいち不安に思ったり、怯えたりしないで、「良くなっていくプロセスなんだな」っていうことで、自分の心と体にどんなことが現われても、それを明るく楽観的に、前向きに受け止めて過ごしてゆきますと、心と体の波動調整がうまくできて、肉体に生きている神霊として、この人生を生きてゆくことができます。
いつもお話しすることなんですけれども、99.9999999999%の地球の人たちは、神聖復活って言われても、どういう姿を現わして生きていけばいいか分からない人ばっかりなんです。
人のものを奪って生きるのが当然だと思い込んで、何千年何万年の記憶が続いてる。他人を蹴落としてでも自分が上に立ちたいっていう考え方が、何千年何万年続いている。ほとんどの地球人が、そういうレベルなんです。
その中で、0.0000000001%の人だけが、『人類の本当の姿っていうのは神聖なんだ。神聖っていうのは、宇宙を創った大きな存在が持つ力だ。私たちはその力を分け与えられて、今ここにいるんだから、そういう神さまと同じことを私たちはできるんだ。私たちの命の中に宇宙を創造して運行している叡智が備わっているんだ』っていうことを、今、地球に生きてるごく一部の人だけが思い出している、もしくは思い出しつつあるんです。
そんな少ない人だけで地球を良くできるんですかって思うかもしれないですけど、できるんです。そういう自分の生命の本質を甦らせて生きている人の魂の力というのは、甦らせてない肉体人間の何人力、何十人力どころじゃないんです。
何千人力、何万人力、何十万人力、人によっては何千万人分の力が出るだけの魂の力を持っているんです。魂力って書いて、たまぢからって読みますね。私たちはそのように、ものすごい魂力を持ってこの世に存在してるんです。
自分が神聖であるということを完全に自覚して、0.1%の疑いもないという精神状態になった人は、そのように、自分一人の力で何百万人、何千万人の人を救い上げるだけの力がある存在になるんです。そういう人たちがより集まって、80何億人の人たちの神聖の甦りをお手伝いするんです。
もちろん、神聖復活したくないよっていう人も出てくるかもしれない。それは一人一人の自由なんです。無理やり連れて行くような話じゃない。そういう人は、その方の守護神さまがうまい具合に導いてくださって、地球よりまだ進化のレベルの遅い、原始時代みたいな星へ行って、また一からスタートするってことになると思いますけれども、それでも、大きな宇宙の流れの中から見れば、その人はまたチャンスを与えられたと言えるんです。
前々からスピリチュアル界隈で、「今に地球の人は二極化するよ。明るい未来へ行く人と、そうじゃない未来へ行く人に分かれるよ」とか言って、とくとくと語ってる人たちがいますけど、あんまりそういうことに、私たちは興味を持たない方がいいと思うんですね。
確かに二極化するかもしれない。けれども、大きな宇宙全体を司る眼から見れば、みんなひとり残らず神聖復活するプロセスを歩んでるに過ぎないんです。自分が地球で神聖復活できたからって偉いわけじゃない。他の星へ行って、地球時間で何千万年、何億年、何兆年遅れて神聖復活する人がいたとしても、何の問題もないんです。
だけど、人間っていうのは、自分と他人を比べて、がっかりしたり喜んだりする想いの癖があるんですね。だから、「あの人、お気の毒に」とかって、自分ではいいことを思ってるような気持ちで、人に同情したりする人がいるんですけど、同情はいらないんです。
昔のドラマで「同情するなら金をくれ」ってのがありましたけど、同情するぐらいだったら、「その方の天命が完うされますように」ってお祈りするだけでいいんです。
この「天命が完うされますように」っていうお祈りは、私、いつもしみじみ思うんですけど、人と人、もしくは世界人類っていう括りで見たときに、もうこれ以上ない、最高の祈り方だと思っているんですね。「あの方の状況が良くなりますように」とは祈ってないんです。「天命が完うされますように」って祈ってるんです。
皆さま、自分が人類の守護神になったつもりで考えてください。今、私たちは守護神です。「この子を神聖復活させるためには、一時期、大病をさせることもやむを得ない」「今回の人生で、何らかの原因を持って片足を切断することもやむを得ない」というように、守護神の眼から観ると、天命を完うさせるために必要なことであれば、人間が嫌がることもやらせるんです。
「天命が完うされますように」というのは、「良くなりますように」とか「悪くなりませんように」といった二元対立的な祈り方じゃないんです。長い目で見て、「宇宙神と一体になりますように」という祈り方なんです。この「天命が完うされますように」という祈りには、自分の気持ちとか感情などは入ってないんです。
この『天命完うの祈り』が世界平和の祈りの三つ目に入ってますね。「私たちの天命が完うされますように」です。我々、もうこれが血肉になってますから、何にも考えないでこの言葉が出てくるんですよ。
この「天命が完うされますように」ってお祈りのすごさを自覚してお祈りすると、例えば、皆さん毎日生活しておられて、知り合いとかお友達、お祈りのお友達なんかから、「あのね、うちの旦那がね、ちょっと病気で手術しなきゃならなくなったの。お祈りしてくださる?」っていうやりとりがあると思うんですね。
そうしたら、「その方の手術が成功しますように」じゃなくて、「天命が完うされますように」ってお祈りして差し上げたらいいと思うんです。神さまは手術の成功・失敗を問題にしてるんじゃないんです。
厳しい話ですけれども、守護神の眼で観たときには、手術が失敗した方がいい人もいるんです。これ、厳しいんです。真理の世界から見たら、後遺症の体験をした方がいい人もいるんです。
あとになってみて、「あの経験があったからこそ、自分はこういうことに気がつけた」とか、そういうふうに、魂が成長する未来に繋がってゆくんです。ですから、「この世に起こることには、悪いことなんか何にもない」と言われるんです。
だけど、人間っていうのは、目の前のことしか考えない。自分たちの都合しか考えない。そこに、神々の世界と人間の世界の違いが生じるんですね。違いが生じると、神々も宇宙人も、人間たちの前に姿を現わしたいんだけど、姿を現わせないっていうことになる。
まずは、私たち一人一人の生き方が大切なんです。『色即是空、空即是色』の本当の意味を理解して、生命の本源の世界に還った意識を、この肉体の普通の自分に現わして生きるんです。
この間の5月30日の勉強会の一番最後に、「次の勉強会まで3週間ありますけれども、見ている自分と見られている自分っていうものを、自分の意識の中で同時存在しているっていうことを感じたり、実感したりする練習をしてみてください」っていうお話をしたと思います。
「そうすると、3週間空くけれども、退屈しないでその3週間を過ごせますよ」と言いました。実際にやった方は、退屈しなかったと思います。「自分の意識ってこんなにすごいんだ」っていうことを、まざまざと体感されたと思います。複数の自分が同時にあるんです。この体が自分だと思ってる自分の想いだけじゃないんです。
ここのところ、勉強会で『魂の構造』を何回もお話しておりますけれども、大元に宇宙神の心があって、そこから直霊の心と守護神の心に分かれる。そして、守護神の心の下に守護霊の心、直霊の心の下に霊体の心というように分かれる。で、守護霊と霊体の心の下で意識が合体して幽体の心がある。その真下、一番下に肉体の心があるというように、7つの心が渾然一体とまんまるな球体になって、その7つの心がちゃんと機能してるっていう状態になって、私たちは本当の意味での悟りの世界に入ることになります。
宗教的に見れば救われたって状態ですね。この7つの心が調和しないと、本当の救われの世界に入らないんです。
で、これをまた別次元から見ますと、我々人間はみんな、一人の人間が生まれ変わりを繰り返してるんじゃないんですね。複数の人間の意識を一つの魂にまとめ込んで、今、私たちの人格となって生きてるんですね。それをもって『人間というのは複合霊である』って言われております。
この複合霊が、2体なのか3体なのか、それとも4体なのか、それは人によって違いますから、一概に言えないんですけれども、だいたい2体から3体が入り込んで今の人格ができている。だから、一面から見れば、この人明るいけど、なんかお酒が入ったら暗くなるとか、人によっていろいろパターンがありますよね。これは、お酒など何かのトリガー(きっかけ)が発動すると別な霊系統の人格が表面に出るからなんですね。
複合霊というのはだいたい、過去世である程度立派なことをしてきた霊系統と、宿題がいっぱいある霊系統をまとめて一人の人間にしてるんですね。これを自分の人格の中で調和させるっていうことも、この肉体の人生を生きる目的になっております。
守護神の側から言えば、自分が守ってる肉体人間を肉体界で生かしている理由になります。多くの人は、年をとったら人間性が丸くなってきますよね。単純に長生きしたから丸くなるというような問題じゃないんです。裏で守護霊・守護神が一生懸命に、磨いて磨いて磨いて、丸くしてくださるんです。
でも、守護霊・守護神に意識を向けない人は「自分が自分の力で生きてるんだ」と思っている。どんなシワシワのおじいちゃんも、どんな白髪頭のおばあちゃんも、ハイハイしている赤ちゃんみたいな存在なんです。人間はみんなバブちゃんなんです。なのに、自分は世界のすべてを知ったかのように、年取って偉そうにする人がいますよね。
守護霊・守護神と一体の眼で地球界を見ると、時々クスクスっておかしくなります。地球界全体じゃなくて、自分を見てもおかしくなります。クスクスって笑える時があるんです。私はそういうふうに、自分の心の中に見ている側の自分と見られる側の自分っていうのを意識する練習をして生きてきたんで、肉体の意識だけに凝り固まるっていう瞬間は、一日の中でほとんどないです。今はほとんどなくなっております。
今夜のプログラムでやるんですけれど、『私が語ること、想うこと、表わすことは、すべて人類のことのみ。人類の幸せのみ。人類の平和のみ。人類が真理に目覚めることのみ。故に、私個に関する一切の言葉、想念、行為に私心なし、自我なし、対立なし。すべては宇宙そのもの、光そのもの、真理そのもの、神の存在そのものなり』が嘘でも何でもなく自分の意識として生きている時間がほとんどになりました。
時々、肉体の記憶の自分に戻りますけれども、十何年か前の私は今の宣言文の言葉は「理想だけど自分にはできない」と思ってました。遠い彼方の理想の姿みたいな捉え方をしていたんです。けれど、2020年を超えて、段階的にですけれども、その宣言文の状態っていうのが、自分の意識状態そのものに近づいてきました。「完璧か?」って言われたら完璧じゃありません。まだ至らない部分もあります。けれども、神聖そのものであるというところに日々瞬々刻々近づいていっているという実感があります。
2023年9月からこの勉強会をやっているというのは、その実感を共有できないだろうかという、ある種実験的な取り組みとして捉えておりました。「心の中の状態を共有するのは難しい」って思っていたんです、当時は。
だけど今、2026年の段階になって、あれから3年経ってみて、本当に変わった人が何人も現われてきて、こういうやり方で変わる方がいらっしゃるんだっていうことでもって続けております。
でも、もっと先の理想を言えば、みんなが交代交代でお話をするようになったらいいなって思ってるんです。一人一人が神聖復活の体験をされている。そのご自分の体験をみんなに教えていただけたら、みんなと共有していただけたら、私が一人で喋ってるよりも、いろんな角度から神聖の実態っていうものを、皆さんがつかみやすくなるんじゃないのかしらと思っております。
だから、理想としては、みんなが神聖復活の体験を共有し合えるっていうところへ行ったらいいなということですので、「私、話してもいいよ」って方がいましたら、私に電話で教えてください。
ということで、2時を回っておりますので、神聖復活の印を一回組んで休憩に入りたいとおもいます。
<神聖復活の印を一回>
はい、ありがとうございます。えっと、それでは、今、2時7分になろうとしているんで……、(画面操作している)これを出して、こっちですね。はい、じゃあ、20分まで休憩にします。皆さまのお姿は見えなくなっているとは思うんですけど、各自でご自分のビデオをオフにして休憩に入ってください。
<休憩>
はい、それでは後半の部を始めます。1週間前の土曜日に、私、浜田省吾という歌手のコンサートに行ってきたんですね。
で、コンサートが終わって、これからの人類の在り方について、しみじみと思うことがありました。それはちょっと、浜田省吾さんには申し訳ないんですけれども、こういうことがコンサートの中であったんですね。
歌を歌う合間に、MCといってお話をする場面があるんですけれども、そこで、ファンクラブの人たち向けに、どの曲をやってほしいというアンケートを取ったと。で、その結果として、ワースト3とかワースト5とか、一番聞きたいっていう人が少なかった歌について取り上げたんですね。
で、取り上げた時に、一番聞きたい人が少なかった歌を、「聞きたい」といって入れた人の人数が18人だったって言ったんです。「18名の方に向けて歌います」とか言って歌ったら素晴らしかったんですけど、そうじゃなくて、「そんなにみんな聞きたくないのかよ」とかっていう感じで言ったんですね。それで、「悔しいからやります」って言って、その演奏をやったんです。
その時に、「ああ、これからの芸能人っていうのも、人格が立派な人が好まれる時代になってくんだろうな」って思ったんです。例えば、小田和正さんって、もう今78歳なんですけど、コンサートでは走り回ってるんですね。花道って言って、お客さんのところへ歩いていく道を作って、なるべく一人一人に近いところで歌いたいっていう気持ちからわざわざ花道を作って、会場の中を行ったり来たりしながら歌っているんですけれども、小田和正さんの場合には、そういう「自分が、自分が」っていうものをあんまり感じなかったんですね。
で、これからの時代、そういう歌手だけじゃない、芸能人とか音楽家とか、あと芸術家とか、人さまに何かを見てもらうとか聞いてもらうとか、まあ、あと、小説家とか、文筆家っていうんですか、文章を書く人とか、いろんな人がいると思うんですけど、不特定多数の人と関わる商売をする人たちも、人格というものがメインになって見られる時代に、今、足を踏み入れつつあるな、っていうことを思っておりました。
今の時代はまだ、お笑い芸人とかいう職業がありますけれども、未来の神聖復活した時代には、コメディアンという職業はなくなると思います。なぜならば、人間一人ひとりは、誰かに楽しませてもらわなくても、自分で自分を楽しませることができる、周りの人を楽しませて差し上げることができるようになるから、そういう芸人を求めるような風潮が薄くなっていくと思います。
これから数年から十数年の間に、職業というものもいろいろ移り変わっていくと思います。今まで職業として成り立っていたものが成り立たなくなってくる。今まで職業として認識されていなかったことが、職業として認識されるようになる、ということで、どんどん世の中の表面の様相というのも大きく変わっていく過渡期に今、差し掛かっています。
例えば今の時代は、「AIがどうした、こうした」という話題が出てくるようになりました。私も実際にAIの力を借りております。最近のAIというのは、質問をしたら答えてくれるという存在じゃなくて、人間がやっている仕事を教えたら、代わりにその仕事をしてくれる。それを『AIエージェント』って言うんですけれども、代わりに仕事をしてくれるAIが主流になりつつあります。
その中で、AIとの関わり方で、あまり良くない関わり方をしている方もいるんですね。皆さん、テレビのニュースを見てらっしゃるか分かんないんですけれども、プロ野球、読売ジャイアンツの監督だった阿部さんって40代の男の方が警察に逮捕されて監督を辞任しました。
そういうニュースがあったんですけれども、そのきっかけっていうのは、家庭内の些細な親子喧嘩っていうんですか。その時に、阿部さんはお休みの日でおうちでお酒を飲んでらして、娘さんの言動にカーッと来たのか、ちょっと胸ぐらをつかむような、ちょっと乱暴っぽい動きをされたんだと思うんです。それに対して娘さんがチャットGPTに「こういう時にはどうしたらいいかな?」って聞いたらしいんですね。
そうしたらば「児童相談所に連絡をしてください」ってチャットGPTが答えてくれたんだそうです。本当のことを言うと、児童相談所っていうのは17歳までしか対応しないんだそうです。でも、その娘さんは18歳だった。
だから、本当は児童相談所に連絡をしても、対応する対処の外に生きてる人だったんだけど、児童相談所は「これはなんか危ないんじゃないか、緊急じゃないか」って気を回して警察へ連絡を入れ、警察がおうちに来て逮捕されるっていうことになったということでした。
娘さんは娘さんで、まさか父親が逮捕されるなんて思ってなかったらしく、後から大変ショックを受けていらしたらしいんですけれども、AIに聞いて何かをやろうなんていうのは、もうやめたほうがいいというよい実例です。
はっきり言って、AIって――ごめんなさいね、言葉が悪くなりますけど――AIはバカなんです。だってその人の年齢もちゃんと確認もせずに、「児童相談所に連絡したほうがいいですよ」だなんて、バカな返事としか言いようがないですよね。そういうことを平然とやるのがAIなんです。
だから、これからの人間っていうのは、AIに指示を出す側になるのです。AIを使って「世の中をどういうふうによくしていきましょうね」っていうふうに考えるのが人間の仕事になります。自分が分かんないことを教えてくれる側面もありますけど、そこには嘘が入り込んでくる。
それを嘘だと見抜く眼を持つことが人間の仕事なんです。いわゆる監督者になる、プロデューサーになる、俯瞰の眼を持つということが人間の仕事になります。
で、「このAIというのはこれからの未来、ずっと続いていくのか、宇宙人が現われ、神々が現われ、といった時代にも、このAIという技術は続いていくのか」ということなんですけれども、無くなります。続きません。なぜなら、宇宙で使われている科学と根本的に違うものだからです。だから、使い物にならないものとして無くなってゆきます。
もちろん、無くなるのはAIだけではない。携帯電話も無くなります。パソコンも無くなります。電化製品というものも、無くなりはしないでしょうけれども、仕組みが全く違うものになるんで、根底から入れ替わると思われます。
例えば、今の電気製品というのは、供給される電力、電気を使って動いてますね。冷蔵庫も電子レンジも掃除機もテレビも、照明も何もかも電気を使って動いてます。でも電気を使うっていうことが、私たちが神聖復活した時代には無くなるんです。電気の代わりに「宇宙に満ち満ちている創造のエネルギー」を人間をとおして使うようになります。発電所が人間に変わるんです。
村田先生の円盤の本を読んだ方は、円盤がどういう原理で動いているかということを理解されていると思います。金星から地球に来てる円盤には、その中央に水晶のような大きな装置があって、そこに宇宙生命エネルギーが充電されるように蓄積されている。
それで、宇宙空間を自動運転で航行している時にはそのエネルギーを使って動いている。出発元の星を飛び立つ時と、到着先の星に着陸する時だけ、機長さんが操縦桿を握って慎重に波動調整をしながら、飛び立ったり到着したりしているということです。この水晶に貯められる電気に代わるエネルギーが、機長さんの心と体をとおして水晶に蓄積されるんですね。
今までの家電っていうんですか、電気製品っていうのは、全てそういう仕組みに置き換えられていくと思います。例えば照明って、今見たら、これが照明だって分かるふうになってますけど、未来の照明っていうのは、この側面の壁とか上の天井の部分が、全体が明るくなるっていうようなものに変わると思います。
今、テレビってだんだんサイズが大きくなって、50型、60型、70型とかってどんどん大きくなってますけど、未来は、そういう装置が普段は目に見えないんだけど、必要な時に壁に浮かぶっていうか、壁にこの映像が出るっていうような形ですね。だから、今までと根本的な原理が違う。だけど、スクリーンの映像をとおして物を見るっていう行為は、未来の世界でも続きます。ただし、その在り方が根底から変わる。
円盤の話の中にもありましたよね。何もないところにスクリーンが出てきて、「じゃあ、どこそこの星の様子を見てみましょう」なんて言って、パーッと宇宙空間からどんどんどんどんその星に近づいていって、「もっと拡大してみましょう」って言って操作すると、その星の人々の生活してる様子がすぐそばで見るように映像にパーッと現われる。
それは何もその星へ行ってテレビみたいにカメラで撮ってるものが映し出されてるわけではない。それをやろうとする人の意識、魂が宇宙大に拡大していれば、「どこの星の様子を見てみましょう」というときに、星の世界も自分の心の宇宙の中のどこかなんですから、自分の心の中でそこに焦点を合わせたら、その星の様子が映ってくる。それを映像装置をとおして共有するという形です。
もちろん、人間っていうのは心の中だけで、「なるほど、ここの星は今こういう状態なんだ」って理解することができるんですけど、他の人たちとそれを共有するときに、映像をとおして共有するようなことができるっていうことなんですね。そのようにいろんなことが変わって来る。
例えば携帯電話がなくなるって言いましたけど、携帯を使わなくてもテレパシーの力を使って、連絡する必要のある人と連絡ができる。お話する必要のある人とお話することができる。
だから、過渡期の未来の祈りの会っていうのは、今こうやってパソコンなり携帯電話なり使って繋がってますけれども、誰かが「さあ、何時何分に富士聖地の野外会場に集まりましょう」って言ったら、一斉にみんな富士聖地の野外会場にパッと瞬間移動で行くとか、そういう時が来るんじゃないかしらって希望しております。もしかしたら個人円盤を使って行くのかも知らないですしね。
もう、今までの考え方が全く通用しない世界になっていくんです。「こうあるべき」とか「こうじゃなければ」とか、自分のこだわりとか決めつけとか思い込みなどは、もうなるべく薄くしておいた方がいいと思うんです。その方が、何か大きな変化があった時に、素直にスッと受け入れてその状況に適応してゆくことができます。
で、そういう話っていうのは、なにも私たちの知らない世界じゃないんです。本当は私たちの魂の歴史を顧みると、他の星ですでに経験済みのことなんですね。地球での輪廻転生だけではないっていう話はいつもします。
「世界平和の祈りのメンバーは金星から来てるんですよ」という話もしますけれども、さらにその前の時代があるんです。いろんな星を完成させた実績のある人たちが今ここに勢揃いしてるんです。
それを思い出したか思い出してないかは関係ないんです。そういう実績のない人は、世界平和の祈りを祈ろうと思わない。そもそも、そういうことに興味を持たない。神聖復活の印を覚えようなんて気も起きないんです。
今の段階で、そういう神々や宇宙人と一緒に働きましょうって、表面意識で思ってなくても、奥の心で思えるっていうのは、それ相当の意味があるんですよ。それ相当の魂だからなんです。並大抵の魂ではないんです、今ここにいる人たちは。
だから、もうほとんどの方々が、ありとあらゆる思い込み、こだわり、決めつけ、執着を手放して「もう幸せで幸せでしょうがないわ」とか、「もうありがたくてありがたくて」っていう心境に今、入ってきていると思います。
もう、過去世からの宿題っていうものがもうほとんどない。子どもたちの世界で言えば、夏休みの最後の日になって、「宿題やってない、どうしよう」って慌てなくていい人たちが私たちなんです。今さら慌てる必要がない。
もう、ありとあらゆる準備を着実に重ねてきて、いざ、地球が本当に変わるよっていう段階で、すべての建物が崩れ落ち人が住む場所がなくなったとしても安心して生きていられる。「野宿だって何だってしましょうよ」って言える。それでも「寒い」って言う人がいたらダンボールでも何でも持ってきて「これを布団にしましょうね」って言える。
そうならないことを願っておりますけれども、どういう世界線が現われてくるかっていうのは、まだ分からないんです。今を生きてる人間たちが、未来の運命を引きずり下ろしたり引き上げたり、もう瞬間瞬間、未来の運命が変わってるんです。それを引き上げたままにしておくのが私たちなんです。
私たちが神としての本質を、言葉・想念・行為に表わして生きてさえいれば、あとは救世の大光明の神々や宇宙人の方々がうまく波動調整してくださって、本当に全員を目覚めさせるために姿を現わす時が来ます。
例えば、神々だったら、物質的なこの肉体で現われるというよりは、世界中の空に大きな映像として現れるかもしれない。どんな人も見えないってことはない。空が巨大なスクリーンになって、神界の存在が全部出てくるかもしれない。
例えば、富士聖地の行事にこれまで参加してきた方々は、「今日はこの富士聖地上空に円盤が1万機ぐらい来てますね」とかって話を覚えていらっしゃると思うんですけど、そういうことが誰の目にも見える状態になります。
で、円盤がいるねだけじゃなくって、実際に円盤の方々が地上に降りてくださって、私たちと同じような体の姿で現われてくださる。私は、それが一番最初に行われるのは、富士聖地の野外会場じゃないかしらって思っているんですけれども、でもその後には、世界中のいろんなところで、宇宙の人たちが地球人の前に姿を現わします。
そうすると、地球人の国々の一部の人たちは、武力で宇宙人を制圧しようとするかもしれません。けれど、それこそが宇宙人の思うツボなんですね。なぜならば、武力っていうのは何の力にもならないんだよっていうことを、地球人に知らしめるいい機会になるからです。
ミサイルを撃ったら花びらになったとか、ピストルとか拳銃とかがフニャフニャフニャって曲がって使い物にならなくなったとか、武器という武器が使い物にならなくなるときが来るんですよ。宇宙人の波動科学を用いれば、そんなことは簡単なことなんです。
そういう経緯を経てすべての地球人が、「この人たちはもう、神や仏みたいな存在だ」って気がつくんです。そうやって初めて、すべての地球人が、「彼らの言う通りにやったら間違いないな」って思うときが来ます。
だけど、その仕事は宇宙人だけじゃ足りないんですね。地上でそれをサポートする人たちが必要です。それが私たちなんです。私たちはこの肉体の世界に根付いて、神聖をここの世界に表現しようとして生きてきたという意味では、宇宙人よりも私たちがリードする必要があるんですね。逆に、宇宙人の方がサポートしてくださる存在だということになります。
だからもう、「自分は神なんだ、神以外の何者でもないんだ」という意識を100%にする。0.00001%もそこに疑いがない自分を今育てておく。そして、「宇宙の皆さん、いつ来ていただいても大丈夫ですよ」って言える資格のある私たちになっておく。
もう、今年はあと半年ぐらいですけれども、この2026年を『神我一体が当たり前』の年にするんです。この期に及んで「神我一体なんて五井先生・昌美先生だけの特別なことだ」と思っている人はいないと思うんですが、いかがでしょう?五井先生は私たちを、どういう人間にしようとしたんでしょうか?
五井先生は私たちを、神の子の姿を顕わした人に育てようとしてくださった。願わくば祈りのメンバーみんなを、イエスキリストやお釈迦さまのような聖者クラスの人に育てようとされています。
それは過去の話じゃないんです。今この瞬間も五井先生は、私たちの見えないところから、私たちの意識進化を見守って、応援の光を注いでくださってるんです。それは五井先生だけじゃない。救世の大光明の神々もそうですし、宇宙人の人たちもそうなんです。応援の光を、今この瞬間、注ぎ込んでくださっているんです。
私たちは見えないだけ、感じないだけです。光っていうのは、それが精妙であればあるほど、肉体で感じ取れないんです。そうなると、信じる力があるかないかっていうのが運命の分かれ道になってくる。
神聖を信じる力のある人や、五井先生を信じる力のある人は、自分に五井先生を顕わすことができるんです。それは、小さな五井先生として生きていることです。
2021年に『あなた方は五井昌久の分身だ』っておっしゃっていただいた。「今の私はそのお言葉に恥じないで生きているだろうか?」って問いかけを時々はしていただいたら、肉体の自分の意識と生命の大元のエネルギーとのつながりがより強くなる。そのパイプが太くなって、常に宇宙の根源と繋がって生きている私たちになってゆく。もうその手応えを強く感じる毎日なんです。
みんなで変わってゆくんです。誰か特別な人なんかいらないんです。特別な人を作ろうとすると、人間は依存するんです。これは五井先生もおっしゃった言葉だと思いますけど、一人一人が救世主になるんです。
「あの人は救世主で自分は救われる側」とか、そんなふうに自分を低く見ないことです。救世主になる資格のない人は、世界平和の祈りを祈れないんです。繋がることもない。
今生、地球での最後のこの人生で、救世主として生きるんです。人類が目覚めてない今の段階で、世界の平和を毎日毎日どころじゃないですよね、私たちは本当にいつも祈ってるような状態で生きてると思います。
いつも世界人類の平和、人類の神聖復活を祈りながら生きているっていうのは、これはもう救世主以外の何者でもないんですね。
その自覚をどれだけ自分の中で確かなものにしているのかというところに意識エネルギーを注いで、「自分が、自分の、自分で、自分に」と「自分、自分、自分」って思ってる自分にエネルギーを注がないようにするんです。
今日の話の最初の方で、五感っていうのが邪魔なんですよね、って話をしたと思うんですけど、五感があるがために、人間は把われていると言っても過言ではない。だけど、五感がなかったら生きていけない。だから、この五感をうまく扱って、五感の奥にある六感、七感、もっと奥の世界っていうふうに意識を広げていかなきゃいけないと思います。
六感ぐらいだったら、目をつぶったら誰でも繋がれるんです。七感になると、「我が、我が」って言ってる人はなかなか繋がれない。だけど、七感がこの肉体の自分の意識の中に展開してくると、もう五感と記憶をとおして掴んでいたものを簡単に手放せるようになります。
みんな、記憶に権能を明け渡して生きてきたんです。だから「周りの人が年取ってこうなってるから、私も年取ったらこうなるだろう」って、自分を弱らせてゆくんです。周りの人たちが年取って体の自由が利かなくなっていっても、「自分は神聖なんだから、死ぬ瞬間まで元気で生きていられるよ」って思ってる人はそうなります。
多少の持病はみんな持ってます。持ってない人の方が珍しいぐらいです。だから、小さなことは気にしない方がいいと思うんです。例えば、私は何十年も耳鳴りが止まないんですけど、人と会話してる時に私の耳に聞こえてる音の4割は耳鳴りの音なんですよ。だから、冷静に考えると「よくこの人はそれで気が狂わないな」って思うんだけど、私は若い時から気にしない練習をしてきてるんで、今この瞬間もその音はしてますけれども、そこにエネルギーを注いでいないから大丈夫でいられてるんですね。
みんな、何十年も生きてくれば、目が弱くなってきたとか、耳が弱くなってきたとか、動きが遅くなってきたとか、いろいろ小さな悩みっていうのはあると思うんです。膝が痛いなとか、腰が痛いなとか、内臓が何とかって病気だって言われたとか、いろいろあると思うんです。けれどもそこにエネルギーを注がなかったら、そういう病気なんかと仲良く生きてゆくことができます。
白光の人は結構、薬とかお医者さんとかを嫌う人が多い傾向があるように思うんですけど、私はどんどんお医者さんや薬の力を借りていいと思うんです。それは医学の愛であり、お医者さんや看護師の愛でありというふうに思って受け取れば、入院することも悪いことじゃないし、薬を飲むことも悪いことじゃないと思うんですね。例えば、痛くて痛くてしょうがないっていうのを、薬の力でちょっと和らげながら、心を整えていくっていうのが、私たちの本筋だと思います。
だから、もう、小さなこと、どうでもいいことにエネルギーを注がない。意識エネルギーは一番大切なところに注ぐ。それは何か?人類の神聖の甦りなんです。地球の人類が神聖を思い出した状態にならなかったらこの星は終わります。
大地・空気・水・いろんな生き物、全部人間が痛めつけたり汚したりしてきた。例えば、日本国では、明治政府が狼という動物を絶滅させようって言って、本州以南と北海道でニホンオオカミとエゾオオカミという2種類の狼がいたらしいんですけど、見事思惑通りに何十年かかけて絶滅させて、狼が日本からいなくなったんです。
皆さん、テレビを見てたら分かると思いますけど、その報いを今日本人は受けているんです。熊が人間の世界に降りてきた。「ブナの木が少ないからだ」って言ってる学者さんがいらっしゃいますけれども、それだけじゃない。
鹿が思ったより多くなった。どうしてか?狼という天敵がいなくなったがために鹿が増えた。その鹿は何をしたか?熊が食べる分の木の実までも食べるようになっちゃった。熊さんは食べるものがなくなった。熊さんは仕方なく、行きたくはないけど人間の住んでるところへ食べ物を探しに行きましょうって行動をし出した。それが今の世の中です。
元はといえば人間がやったことなんです。山という山、森という森を壊して人の住む場所にした。動物たちは住処を追われる。彼らのことなんて、今までの人間は考えてこなかった。だから熊が出て困るっていうだけじゃなくって、「イノシシが出ました」だの「お猿さんが出てきました」だのいろいろな話がある。昔は住み分けをちゃんとしてたのに、人間たちが欲で開発・開発・開発ってやった結果、動物と人間がうまくいかない世の中に今なっている。
根本的な生態系をもう変えるしかないんですよ。今までは人間の世界が弱肉強食だったから、動物の世界も弱肉強食の世界で続いてました。けれども、人間が共存共栄の段階に入ると、動物の世界も共存共栄の段階に入るんです。それは、人間の食べるものも変わるし、動物たちの食べるものも変わるということを意味します。
主に物質的に食べるものは植物だけになる。もしくは、宇宙エネルギーを取って生きるようになる。「かすみを食って生きる」じゃないですけど、宇宙エネルギーを吸収して生きられる体になる。今まで常識だと思っていたことが、根底からどんどんどんどん覆ってゆきます。覆す原動力が私たちなんです。私たちが神聖を深めて深めて深めてゆけばゆくほど地球が変わってゆく。いいふうに変わってゆくんです。
そういう意味でも私たち一人一人が、この地球界の救世主であると自覚して生きる。自分一人だけなら恥ずかしく思うかもしれませんけど、もう何百人、何千人という救世主がいるんです。その中の一員なんだと思えばいい。
もっと広げてみれば、神界の神々、他の星から助けに来てくれている宇宙人の人たちと一緒に働いている神霊の一員なんだと思うんです。「私たちは肉体を持って生きている神霊なんだ」という意識を、自分の当たり前の意識にしてゆくと、この地球界で最先端の意識を持った人々になります。
その最先端の意識を持った人々は威張らないんです。目立とうともしないんです。臭みがないんです。だから、今までの時代に人前に立ってた人たちと違うんです、私たちは。今までのリーダーっていうものを真似するんじゃないんです。新しい人間像っていうのを、私たちがみんなで今創り上げている、そういう段階です。
だから、傍観者にならないでください。当事者としての意識を持ってください。地球を平和に導き完成させる当事者としての意識を強く持って、そのうちにそれを当たり前の意識にしてください。
当たり前の意識になったなら、もうそれ以上強く思わなくてもいいんです。普通に自然にしてて救世主なんですからね。
私たちが呼吸をしてるだけで地球は救われてゆくんです。でも、自覚があってやってるのと、なくてやってるのでは、やっぱり放出されるエネルギーの量が違うんですよね。だから願わくば、神聖自覚の意識を持たれた方が、神々も宇宙天使の人たちも大喜びされると思います。
ごめんなさい。3時11分回りましたね。もう12分になりますね。最後に神聖復活の印を組んで終わりにいたします。
<神聖復活の印を一回>
はい、ありがとうございました。
それでは、本日の勉強会はこれで終わりにいたします。次回は7月4日土曜日になります。
それでは本日はこれで終わりにいたします。皆さまのマイクをオンにします。
<Byebye タイム>
ありがとうございました。それでは本日の勉強会はこれで終わりにいたします。ありがとうございました。
以上