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260530-土-夜_神聖の眼で世界を見つめる日_詳細な内容

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本心と業想念の截然たる識別

◎本心と業想念

私は、『本心と業想念の截然たる識別』こそが、白光の道の胆(きも)であり、要点であり、土台であると思っています。またこの言葉は、今は神界で働かれる瀨木元理事長が90年代の白光誌に寄稿する文章として書かれた言葉で、確か書籍にも残っていたと記憶しています。

「本心」とは、神仏そのものの純粋な愛と光と感謝一元の意識であり、無限の創造力を秘めた完全円満な生命本来の姿を指します。

一方の「業想念」は、過去世から現在に至るまでの間に、地球人類個々がつくり出し、己の肉体や環境に執着して誤り解し認識している二元対立の想いや感情(怒り、悲しみ、不安、欲望など)の層のことです。

それらの想いが心の表層を蔽っているがために、地球人類はなかなか本心を顕現し得ないでいるといえます。そこで、本心そのものとして本来の真我を生きるにはどうすればよいかといった観点から、「本心」と「業想念」をハッキリと区別して、本心の側に立って生きるうえでの抑えるべき違いと、そのポイントを言語化してみます。

(注:以下はいくつかの角度から観た「本心」と「業想念」を表現したにすぎず、実際はさらに様々な角度から観た表現がある)

《本質的な違い》

本心:絶対的な安心感・愛・調和・感謝そのものの意識。そこから湧きあがるエネルギーは、想念・言動行為と一体であり、どんなときにも他者の幸福や全体の調和を願う純粋な行動を伴います。

業想念:不安・恐れ・嫉妬・執着・自己顕示欲等に根差しています。どんなに正当に見えても、その根底に「恐れ」や「自分だけが良ければいい」という我欲がある場合は業想念に違いありません。

《感覚面における識別》

本心:状況の変化・変動にかかわらず、いつも心が透き通り、軽やかで、迷いや淀みがない。想念・言葉・行為には、常に深い充実感と平安が充ち満ちている。そして、心の土台に感謝と愛が占めている状態が持続していれば本心。

業想念:心が重い。ざわつく。落ち着かない。不平不満や不足感、焦りや脅迫観念に追われている。また、他者への批判や不満、自己正当化や悲劇のヒロイン化の想念癖が伴うのが特徴。そうした精神状態あるときは、業想念が表面化して消えてゆこうとしている状態。

◎生命レベルでの自己探求

五井先生ご自身は、『本心と業想念の截然たる識別』という言葉は使われませんでしたが、同様のご法話は事ある毎になさっていました。

曰く、「大切なことは、私たちが「自分」だと思っている感情から生ずる苦悩は、過去の記憶や習慣による「想いの癖(業想念)」にすぎないのだから、それらを自己なりと勘違いして苦しむのではなく、「これは業想念の波(波動)であり、本来の自分ではない」と気が付き、「消えてゆく姿」と観て守護の神霊へ感謝と共に明け渡し、自らを客観視することが大事である。そのためには、世界平和の祈り一念の心でいつも生活していることが大切なのです」といった類のお話の数々です。

私は、業想念・消えてゆく姿の意識状態というのは、『肉体に張り付いた記憶』に自己の権能を明け渡し、『神聖(生命本来の在り方)としての本体我』がお隠れになった状態で、その状態こそが『本心と業想念の截然たる識別』が出来ないでいた時代の人類の姿だと思っております。

それではそうした状態を卒業し、本格的に神聖復活した意識で生きるためにはどうすればよいか?それは、「自分(生命の本質)ってホントは何者なんだろうか?」という『生命の根本命題』を、「一生をかけて解き明かすのだ」という腹の括り方をし、覚悟を決めてその解明に取り組むことです。

すべての決め付けや思い込み、こだわりや執着を脇に置いて、「本当の自分は何者なのだろう?」と守護霊への感謝を常に想いつづけ、守護霊の懐に入れば入るほど、本当の自分(本心・直霊の真我・神我)の姿を種々の言葉で表現できるようになってゆきます。

「本心」がなんであるか、「いのちの実体」が何者であるかが、心の中で漠然としている間は、私たちは『本当の自己』を表現し説明するための豊富な語彙を持ち得ません。なぜなら、そのような精神状態でいる間は、相も変わらず本当の我(いのちの光の存在としての自己)を知らずにいるからです。

◎業想念と本心の入れ替え作業

そこで、これまでの肉体人間としての人生を諦め(明らめ)、『一番身近な神霊である守護霊』との徹底した統一行を行なうのです。それは、起きている間中、何があってもなくても、ひたすら守護霊に感謝しつづけることです。そうすると、顕在意識が知らない間に入れ変わり、本心・本体側、守護の神霊側の意識が肉体意識の中に広がって来ます。

集中的に行なえば、気がふれたかのように行なう感謝行の期間は、三週間で終わります。なぜなら、他のことを考える隙間のないペースで守護霊への感謝を為しつづけますと、21日間もあれば想念習慣がまるっきり入れ替わってしまうからです。そこまで集中して行なわない場合でも、守護霊への感謝を中心に日常の想念・言動行為を踏み行なってまいりますと、数ヶ月で守護霊と一つの意識が自己の顕在意識に顕現されてきます。

また、特別にそうせずとも、『消えてゆく姿で世界平和の祈り』を毎日・毎時・毎分・毎秒行ないながら生活していれば、いつの間にか本心そのものの真我を自覚するに至ります。なぜなら、『消えてゆく姿で世界平和の祈り』を行じていることは、『業想念と本心の入れ替え作業』を行なっていることだと言えるからです。

どれくらいの期間で本心が表面化するかについては、過去世からの修業の進捗の程度や、今生でのラストスパートの本気度によって変わってきますが、一つだけハッキリと言えることは、遅かれ早かれすべての人類が、否応なく神我一体にならざるを得ないときが来るということです。

その波動調整の時を、地球人類が苦しみ少なく通り過ぎることができるように、五井の大神さまは御自ら地上に降り立ち地球界完成に必要な種を蒔かれました。その種の成長した一部が私たちです。私たちは、大神さまのみ心を体し、世界各地で「神としての生き方をしている背中」を見せているのです。

土曜日の夜は、そのように神としての生き様をしている人々が一堂に集い、『本心と業想念を截然と識別した意識で行なう消えてゆく姿で世界平和の祈り』を行ない、地球人類が宇宙社会の仲間入りを果すために、その背中を押す時間にしてまいります。

当日のプログラム

【始めの話】

渡久地:皆さま、こんばんは。土曜日夜の『神聖の眼で世界を見つめる日』のプログラムを始めます。

本日は、『消えてゆく姿で世界平和の祈り』をより深く行ない、さらにはその取り組みがますますはかどり、どんな瞬間にも『本心と業想念の截然たる識別』が出来る意識で、地球の人たちがこれから通る道を整備する時間にしてまいります。

それでは時間になりましたので、初めに世界平和の祈りを日本語と英語で行います。

1. 世界平和の祈り

渡久地それでは始めます。

世界人類が平和でありますように。
日本が平和でありますように。
私たちの天命が完うされますように。
守護霊様、ありがとうございます。守護神様、ありがとうございます。

May peace prevail on Earth.
May peace be in our homes and countries.
May our missions be accomplished.
We thank you, Guardian Deities and Guardian Spirits.

2. 神聖の意識を定着させる時間

渡久地ありがとうございます。それでは、神聖の意識を定着させる時間に入ります。神聖の意識とは、神聖の眼で世界を見つめる意識であり、悟った状態の意識であり、神我一体の意識であり、漏尽通の意識ともいえる意識状態です。その意識を改めて思い返すために、本日は『本心』の詩を読みますので目を閉じて、本心のご自分が肉体の想いに語りかけているような、そんな心持ちでお聞きください。

本心

地球の未来を輝かすために

人々が是非共識らなければならないことがある

それは

御身たちの真実が 御身たちの本心が

肉体生活に纏わる欲望と恐怖と

そして悲哀と憎悪という

黒い翼に覆われているということである

 

それよりも亦一層深く識らねばならないことは

御身たちの本心は 御身たちの真実は

宇宙を動かしている大いなる智慧

無比絶対なるエネルギーの源泉にその基を置いているということである

御身たちの本心は常に神とひとつであり

御身たちの真実は神から発する光であり

そして 御身たちは 嘗ては本心そのものであったということである

 

欲望 恐怖 悲哀 憎悪

そうしたカルマの想念は

御身たちが神の光の世界から

肉体という形の世界に自己限定したときから起こったもの

現われては消え去る大海の泡沫

夢幻が画く一夜の劇

 

人類が争っているのではない

人間たちが迷っているのではない

 

争っている想いが 迷っている想いが

今消え去ろうとして人類の前を

本心の前を通り過ぎてゆくところなのだ

 

御身たちはただ黙って

御身たちの本心が神と座を一つにしていることを想っているがよい

光り輝く神と本心とを見つめつづけるがよい

心を落ち着け 想いを鎮め

只々神の光明を感じているがよい

そうしているときが一番

様々なカルマの想いが消え去りやすいときなのだ

 

御身たちよ

消え去るカルマをとどめることはない

夢幻の苦痛を思い返すことはない

御身たちが止めさえしなければ

思い返しさえしなければ

カルマは再び御身たちの元に戻ってくることはない

 

御身たちは今本心そのものである

神の大光明とまったく一つのものである

地球の未来を光一色で画き出すものである

はい、ありがとうございます。五井先生はこの詩の冒頭で、「地球の未来を輝かすために、人々が是非共識らなければならないことがある」とおっしゃり、「本心であるところの真実の地球人類が、肉体生活に纏わる欲望と恐怖と悲哀と憎悪という黒い翼に覆われていることをまず知る必要がある」とおっしゃっています。

そして、「それよりもさらに深く識らなければならないこと」として、「御身たちの本心、御身たちの真実は、宇宙を動かしている大いなる智慧、無比絶対なるエネルギーの源泉にその基を置いているということである」とおっしゃり、「私たちは業想念に蔽われていたんだ」といった顕在意識への現状認識よりもさらに大事な認識として、「すべての人類が宇宙を創造し運行している生命の大元の神の力を分け持つ存在である」ことを明言されています。

それは、『人間と真実の生き方』のなかでも同様です。はじめの部分で、「人間は本来、神の分霊であって、業生ではなく、つねに守護霊、守護神によって守られているものである」と、人間の本質について明快に解説されています。つづけて、この世のなかで人間たちの心に生ずるすべての苦悩が、「人間の過去世から現在にいたる誤てる想念が、その運命と現われて消えてゆく時に起る姿である」と、本心と業想念を截然と区別して言明されています。

『人間と真実の生き方』のなかで「苦悩」、と一言に集約して表現されているその内容は、『本心』の詩のなかで「黒い翼」と表現されている部分です。人類の心に現われては消えてゆく「欲望・恐怖・悲哀・憎悪」、そうした様々なネガティブな想いを「苦悩」とおっしゃっているわけです。

そして『人間と真実の生き方』ではこのあとに、「いかなる苦悩といえど現われれば必ず消えるものであるから、消え去るのであるという強い信念と、今からよくなるのであるという善念を起し、どんな困難のなかにあっても、自分を赦し人を赦し、自分を愛し人を愛す、愛と真と赦しの言行をなしつづけてゆくとともに、守護霊、守護神への感謝の心をつねに想い、世界平和の祈りを祈りつづけてゆけば、個人も人類も真の救いを体得出来るものである」として、「このように生きればいいのですよ」と、わかりやすい言葉で真理の生き方について教えてくださっています。

『本心』の詩では、宇宙を創造した生命の源の神さまのお立場から、地球人類みんなに語りかけるような形で、生命の真実とかけ離れた心で人類がつくり出したすべての状況に対して、「すべての苦悩は、掴んだり思い返したりしなければ、再び御身たちの元に戻ってくることはないものなのだ」とハッキリと断言されています。

だからこそ、『本心』の詩の最後では、「現われては消え去る大海の泡沫」や「夢幻によって画かれる一夜の劇」を生命の本質と切り離してみることが出来た人々に対して、いのちの大元の神さまは、「御身たちは今本心そのものである。神の大光明とまったく一つのものである。地球の未来を光一色で画き出すものである」と認めてくださっています。

ここまで話を進めてきますと、『本心と業想念の截然たる識別』という「一つの大切な行動指針」とともに、「私たちすべてが共通して取り組むべき生き方」が心の表面に浮かび上がってきます。それは、【『本心と業想念の截然たる識別』をしながら『消えてゆく姿で世界平和の祈り』に邁進する生き方】です。

なぜ祈っても祈っても苦悩が消えなかったのか?「印を組めば消えてゆく姿が現われる前の段階で消すことができる」と教わりながらも、なぜ今日に至るまで苦悩がつづいてきたのか?の答えこそが、『本心と業想念の截然たる識別』をうやむやにして、何が本心なのか、何が業想念・カルマなのかを曖昧なままにしてきた点にあります。

本心と業想念を截然と識別するための補助として『光明思想徹底行』があります。白光真宏会ホームページの『光明思想徹底行のページ』には、次のよう言葉が書かれています。

私たちは、自らの語る言葉で、自分自身を明るくポジティブな人生に導いてゆくことが出来ます。

心に、暗く否定的な想いがよぎった時、「無限なる光」のような明るい言葉を口にします。不愉快なことに出くわした時、「大丈夫。これは消えてゆく姿、もう気にしない。無限なる平和。無限なる赦し。」などと自分に語ります。心が沈んでいる時、「無限なる喜び」、「無限なる幸せ」などという言葉を発して、本来の明るい意識に転換します。

私たちが、常にこのような光明の言葉を使うことにより、自らの心の中に潜んでいる否定的な想いが次第に消えてゆき、その奥にある神性が現われてゆきます。

また、「世界人類が平和でありますように、無限なる愛、無限なる調和、無限なる平和、無限なる光、無限なる力、無限なる英知、無限なるいのち」等の光明の言葉を7セットずつ唱え、心を光明の意識で満たす実践方法もあります。

この光明思想徹底行を極めて、心の中が光明の意識でいっぱいになると、それ以前にはあった苦悩が、いつの間にか心の中で影が薄くなってきたことに気が付きます。

ここからは、全人類にこの光明波動の言葉が響き渡るように、光の言葉の音魂を発して、この星全体に光の波動が響き渡り、地球を光の言葉で包み込む時間にしてまいります。永野さん、よろしくお願いします。

3. 光明思想徹底行

永野渡久地さん、ありがとうございました。ここからは、光明思想の言葉をご一緒に唱えて、地球を光の波動で包む時間にしてまいります。

このあと、画面に唱える言葉が出てきますので、ご一緒にお唱えください。声を出すことが出来ない場所におられる方は、心のなかでご一緒にお唱えください。それでは始めます。

世界人類が平和でありますように
無限なる愛・無限なる調和・無限なる平和・無限なる光・無限なる力・無限なる英知・無限なるいのち

<14秒間お祈りする>

世界人類が平和でありますように
無限なる幸福・無限なる繁栄・無限なる富・無限なる供給・無限なる成功・無限なる能力・無限なる可能性

<14秒間お祈りする>

世界人類が平和でありますように
無限なる健康・無限なる快活・無限なるいやし・無限なる新鮮・無限なるさわやか・無限なる活力・無限なる希望

<14秒間お祈りする>

世界人類が平和でありますように
無限なる自由・無限なる創造・無限なる広がり・無限なる大きさ・無限なる発展・無限なるエネルギー・無限なる感謝

<14秒間お祈りする>

世界人類が平和でありますように
無限なる喜び・無限なる美・無限なる若さ・無限なる善・無限なるまこと・無限なる清らか・無限なる正しさ

<14秒間お祈りする>

世界人類が平和でありますように
無限なる勝利・無限なる勇気・無限なる進歩・無限なる向上・無限なる強さ・無限なる直感・無限なる無邪気

<14秒間お祈りする>

世界人類が平和でありますように
無限なるゆるし・無限なる栄光・無限なる気高さ・無限なる威厳・無限なる恵み・無限なる輝き・無限なる包容力

<14秒間お祈りする>

4. 神聖復活の印

渡久地はい、ありがとうございました。最後は、神聖復活の印を7回連続で組みます。大自然と生きとし生けるものと人類すべてに、神々様や宇宙天使の皆様と一体となって、宇宙神の光を送ってまいります。また本日は、一回一回の印の間に、14秒のお祈りの時間を設けますので、印の光が地球全体を包み、すべてを癒し、再生されてゆく様子をイメージしながらお祈りください。

永野それでは、始めます。はい。

大自然と生きとし生けるものと人類に、宇宙神の光を送ります。
大自然と生きとし生けるものと人類に、宇宙神の光を送ります。

<神聖復活の印を7回連続。ただし一回毎にお祈りの時間を設ける>
<印が終わったら14秒目を閉じて瞑想する>

渡久地はい、ありがとうございます。

永野ありがとうございました。

 

以上