200912-動画による祈りの会_昌美先生・真妃先生・里香先生
由佳先生、真妃先生、里香先生;
皆さま、おはようございます。本日も東京から、今日は9月12日ですけれども、インターネットによるお祈りの会にご参加下さいまして、真に有り難うございます。
9月に入りまして、今月のメインテーマは「神聖復活」ということになります。そして本日のメインプログラムの中では、昌美先生から特別に神聖復活のご本の内容を、「つながり合う世界」というご本を、昌美先生ご自身が朗読して下さり、そして皆さまと共に神聖復活の印を組んでいくことをメインプログラムにして参りたいと思います。
はい、では本日もどうぞよろしくお願い致します。
【真妃先生】
皆さま、こんにちは。本日も皆さまと一緒に世界平和のお祈りをしたいと思います。
この間、里香先生がお話されていたことで、私の心にズーッと残り続けている言葉があります。それは“世界人類が平和でありますように”という願い、祈り言葉に反対する人は、おそらく、あまりいないでしょう。みんな“良い言葉ね” “良い祈りね”と共感してくれるでしょう。でもこの祈り言葉を知り、それをズーッと祈り続けられる人はそんなにいない。
この白光真宏会という祈りの会に参加して下さる方々、そして今日のインターネットの祈りに参加することは出来ないけれども、このお祈りをご自宅でずっと鳴り響かせて下さる方、この言葉を、言葉の存在を知ったときから、ずっとずっとこの祈り言葉とつながり続け、祈り続けようと一緒に祈り続けた方々が、なぜ特別なのかというと、この祈りを自分の祈りにして下さり、自分の生き方、あり方の軸にして下さっているからです。この祈り言葉こそ、個人も人類も同時に平和になれる、幸せになれる祈りだと思います。
本日も、皆さまとこの“世界人類が平和でありますように”というお祈りで一つになれることに、心からの喜びを感じています。それでは、世界平和のお祈りをしたいと思います。
<世界平和の祈り>
<昌美先生のお話>
えー、皆さま、ご機嫌よう。今日は少し涼しくなって雨が降っております、外では。えー、今、皆さま方とお祈りを致しました。ほんとうにすばらしい、神聖なる雰囲気がここにぜんぶ流れ込んでおります。
今日、私が時間がございまして、いつもはほんとうに忙しい自分でございますが、やはり自分自身に時間があれば、少しでも皆さま方に、いちばん、もう皆さま方の存在がどんなに尊く、すばらしく、この世を、この地球を変えていらしているかという、そのことをもう一回繰り返してみたいと思います。
ただこれはね、先ほど司会者が「つながり合う世界」という私が4年前に書いた本でございますが、もうすっかり忘れておりました。それで何故これが私のところへ飛んできたかと申しますと、結局、本棚にいろんな哲学とか宗教とかいろいろな方々の本が、もうほんとに何千冊ち並んでいて、それによって私は30〜50年間勉強してきて、この五井先生の「消えてゆく姿」がどういう変わり方で、どういうふつうの祈りとか宗教とかお陰話とかご利益と違うのであるかという観点のすばらしさを解くためには、やはり、一人一人が熟慮してただ自分の狭い範囲の家族、一家だけの幸せではなく、やっぱり五井先生の教えの通り、自分からその家族から学校から地域から、そして日本、国から世界へと広がっていく。その一つ一つのステップを踏んでいくことによってほんとうに自分自身がもっともっともっと強く、もっともっと広く、もっともっと人に寄り添う心になる、で、私は、また、いろいろなところから皆さま方はもうよく真理を、五井先生の真理をほんとうによく学んでおられるし、もうほんとに講師もスタッフもみんなすばらしい方々です。そして、皆さま方が入り込んでくるというのは神聖があるからこそここにいらしているんだろうと、ほんとうに私は心から信じております。で、また、よそからのいろいろなコメント下さいとか、批判を下さいとか、ご意見を下さいと言われましたときにね、やはりどういう観点から最初書かなければいけないのかと、いろんな本の中からボンと取り出した、眺めてみて哲学がいいのか宗教がいいのか経済のほうがいいのかって、いろいろな中から選んで、これにしようと大きな一つの分野を取ったときに一緒になって出てきたのが、この“つながり合う世界”の本、ほんとにこれは五井先生の書はそこの中の一つだけ入っていて、五井先生の書は別に私の書棚にいっぱい並んでいます。
ですから、そういう意味でこれは開いたときに、“えっ、神聖復活、現象をつかむか神聖を…”、この最後のページでペラペラッとめくってみて、最後の“現象を把むか 神聖を把むか”、4年前にもう神聖が出ているんだ、自分で改めて時の速さ、あまりにも自分が過去を忘れていたことに気づきまして読みました。
あまりにも素晴らしいので、これは今までの私が神聖復活の印を説いてきた以前のものがそのつながってきているので、これを皆さま方に、スタッフにもみんなに読んでいただいたら、より良く私がいままで説いてきたのよりは、もっと具体化されて良いのではないかと思い、今回、皆さま方に、まだこれつながり合う世界っていうのは何百冊かあるそうですので、お買いになって読んでいただいたら幸せだなと思います。
私が、いちおう朗読しますので、皆さま目を閉じて聴いて下されば有り難く思います。
「現象をつかむか神聖をつかむか、宇宙子と呼吸法」
私は遺伝子と宇宙子、致知出版社という村上和雄先生との共著で、宇宙子について発表しました。
宇宙子とは生命の源である宇宙神より発せられている生命エネルギーであり、宇宙神の一部です。これはいまに科学で証明されることでしょう。宇宙子は何処にでも遍満しているけれど、目で見ることは出来ない。しかし、それはすごいエネルギーなのです。
人間が生きるためには空気が必要で、空気が吸えなくなったら死んでしまう。これは事実です。しかし空気だけではダメなのです。空気を吸うとき、人はその中に遍満している宇宙子=大生命力を吸収しているからこそ生きていけるのです。ところが、現代人の呼吸はたいてい浅くなっています。呼吸が浅いと肉体に入ってくるのは、ほとんどが汚れた空気となってしまいます。
そこで神聖なる呼吸法です。この呼吸法は、丹田に力を入れてギューッとお臍と背中を引きつけるようにして息を吸い込みます。吸うときにはヒューッと、まるで一つのすごいエネルギーによって吸い込まれるように、空気の中のコア、宇宙神の大生命力がまとまって入ってくるのです。そして自分の中に蓄積されていた汚いもの、毒素がパアーッと放出されます。これを何回か繰り返すと、呼吸によって雑念がなくなり、呼吸によって自分自身の意識が無意識に宇宙神とつながっていく、これはもう習慣や教えを超えた部分で無意識に自分のコア、丹田の中のコア、神聖につながっていくのです。
すると自分が神性を復活するとか、もともと私は、本来神性そのものであるということを自分に言い聞かせなくても、呼吸法を通してほんものの宇宙神の神聖なるエネルギーが自分の中に入ってくることによって、自分自身の肉体が浄まり、脳が活性化し、考えがポジティブになるのです。
人間はなぜネガティブになるか?
なぜマイナスのものを把んでしまうのか?
なぜ病気や貧乏や、明日の心配をしてしまうのか?
これは、もちろん想いの習慣や不安・恐怖によるものです。しかし、エネルギーの観点から言えば、酸素の中に含まれている大生命力の取り込みが、取り込み量が少ないからということにもなります。
ですから、深い呼吸をすれば自然に宇宙神のすばらしいエネルギーが直結するのです。このエネルギーは肉体、媒体を通さないと、決して地上界には降りてはこないものです。
地上界には大生命の源であるコアの宇宙子が、生命エネルギーを含んで遍満しています。ですから、どんなに放射能を浴びた土壌からも植物が生えてくる。それは空気中に、大地に、水の中に、大生命の源の命、コアがあるからです。どんなに放射能に汚染されていても、水が濁っていても、毒が入っていても、そこに大生命力というものがある限り生命は甦るのです。空気にも、水にも、大地にも、あらゆる処に宇宙子があるから、それは蘇る。
ですから、本来、人間ですらもっと甦るのです。しかし、想いが乱れていると呼吸も乱れ浅くなるため大生命力の取り込み量が減少し、さらにネガティブな想いに捕らわれてしまいます。そのようなときこそ呼吸法です。
呼吸法によって宇宙子を自らの神聖のコアに届けることで私たちは自然に良いもの、ポジティブなものを把むことが出来るようになります。自らの呼吸が自らを導いていくのです。
人生は何によって創られていくのか?
自分が、日頃何を考え、どのような言葉を発しているかによって、日頃の自分の生活や生き方が創られていく。創造されていくのです。
つまり人生とは、瞬間、瞬間の選択である。どの言葉を選んで、どの言葉を使わず、そしてどの言葉が自分や他人、そしていま、いまこれは解説してます、側にいる人たちに説得する言葉なのか、ただただ自分が日頃の生活習慣によって慣れ親しんだ言葉をパ、パ、パッと話すのではなくて、今という一瞬に何を掴んでいるかです。私たちは日々、様々な想いが湧き、様々な事柄を掴んでいます。しかし突きつめて考えてみると、結局、自分がふだん掴んでいるものは、神聖か、現象面か、この二つしかないのです。
現象面をつかんでしまうと、今までの延長線上の未来がやってきます。しかし、神聖のコアを掴めば、神性を起点とした新しい果因説の未来が描かれていくのです。自分自身の神聖を把む、我即神也、人類即神也も神聖の宣言です。
これが発表された当時はよく解らず、自分が神なんて恥ずかしいと思ったかも知れませんが、皆さまは怯みなく唱えてこられた。それが神聖復活の基なのです。
ですから、皆さま方の存在、ほんとうに、そのいちばん最初に神聖というものが人類に向けられ、そして自分たちにまず始まった。これを、神聖を掴むという事はたいへん困難なことで、何故ならば、自分の過去をみて、自分の今の現状を見て、憎しみももってるし、貧乏だと思っているし、ネガティブな、身体も弱いし、人と比較したらダメなんだ、能力もダメなんだと、その自分自身で思っている潜在意識というのは自分をネガティブには見てなくて神性とはまったく遠く離れた自分、もうもともとの習慣、過去からの潜在意識の自分を、が自分なのですね。そうして20年がたち、神聖復活、でそれが神聖復活の基なのです。そうして20年がたち、いまでは我即神也が私たちにとって当たり前の固定観念になりました。
その固定観念を自分自身で引きつけることによって神聖の生き方ができるようになったのです。ですから、皆さま方が神聖復活の印を何千、何万と組み続けていくうちに、自分の潜在意識がどんどん苦しみや悲しみは過去の因縁の潜在意識が消えていって、ほんとうの神聖、すべては完璧・欠けたるものなし、そしてすべては無限なる愛であり、言葉であり、叡智であり、自浄力であり、自分自身の力で病気も癒すことが出来るし、神さまの完璧なものがぜんぶ自分の神性の中に含まれていることが判るのです。
ですから、人生を変えたいと思うのであれば、世界の平和を望むならば、現象面ではなく自分自身の神聖を把むことです。自分は神聖なのだ、できるのだ、無限なるすばらしいエネルギーが入ってきているのだ。それを毎日、毎瞬、把むことです。
把む方法論、それが呼吸法であり印です。呼吸法・印により、もはや雑念の入る余地なく現象面を把むことなく、大生命力のコアが神聖まで届くのです。そこで初めて自分の人生がほんとうに変わるのです。
自信を以て、この世の現象面を把まずに自分の神聖を把むのです!
あくまでも現象面、昨日のこと、今日のこと、今日の子供たちがイヤだー、ギャーって、あの学校にいく姿を見て、それをつかむのね。それをつかんでしまうと、ああ、学校ではどうなっているんだろう。あ〜、子供はみんなから虐められて、そういう現象面をつかんでしまうと子供が帰ってくるまでその現象面は消すことができません。但し、自分の神聖を把むこと。神聖は呼吸法をすれば神聖を把めます。自分が把んだと思ったら、自分はそれを把んでいるのです。自分がつかみ忘れたと思ったら自分はそれを把んでいないのです。ですから神聖をつかめば自分は神聖だ、大丈夫なんだ。子供も神聖があるんだ、大丈夫なんだという気持ちが神聖を把むことです。それを持続させれば、世の中はぜんぶ自分の生活は変わって参ります。
法則は、ですからこの本によりますと、法則はとてもシンプルです。神聖復活とは自分の心の中に神性が輝いているものなのだ。本来は健康なのだ、幸せなのだ、病気はないのだということです。そして、最後にもう一つ、あったとしても、あったとしても、これは、あっ、過去の潜在意識の病気に捕らわれ、医者から言われた言葉に捕らわれて、そこをつかんでしまうから病気を手放せない。ところが先生でも誰でも周りの家族もできない、その心配するあまり、だけど自分自身が神性を把めば、それは即、即ではないですけど把めば把むほど、繰り返し繰り返し把めば把むほど、自分はほんとに無限なる愛なんだ、叡智なんだ、治癒力だってことになって参ります。
そして最後にもう一つ、ですから幸せなのだ、病気はないのだということは、本来神聖なるそのものです。呼吸法の祈りをずっと続けていき、呼吸を出来るだけ深くします。一回でも良いから深い呼吸をするのです。究極的には自らが神界に届くのです。そして、戻ってくるのですが、この神界に届くということが大生命に直結するのです。
真の生命とは何か? 呼吸法を行うことにより、自らの力で肉体の穢れや疲れを、祓い浄めているのです。
死も、また、呼吸法そのものです。昔の賢人たちは、死期が近くなると少しずつ食を減らし、水をへらし、自らの肉体を調え、そして少しずつ弱ってきて一週間もすれば自然に自分はだんだん生命力がなくなり意識が神性へと近づいて参ります。ですから、死は何の苦しみも、汚さも、恐怖もなく、神性に近づいていく一つの、もう古着を脱ぎ捨てるようなものです。しかし、この神聖復活の呼吸法は死への導きの訓練で、あっ、ここに書いてある、死への導きの訓練です。神界にいって、また今生に戻ってくる。行っては戻ってくる、まだ死んではいないのです。判りますか?あのね呼吸法を通しながら、行ったり来たり、行ったり神界と下界、病気の自分と霊界、これを行ったり来たりしているうちに、だんだん訓練して神界にいって、また戻ってくる、神界に長くいて、また戻ってくる。これで苦しみなく死ねるのです。それが神聖復活なのです。
ですから、皆さま方がなさっている功績というものは、究極の真理を実践した素晴らしいものです。まだ、自分では実感が湧かないでしょう。この実感を得ていくのに神聖復活が始まったのです。一人一人が自分の神性につながり、常に私は光輝いて、やろうと思えば何でも出来るのだと識ることです。一瞬一瞬、神聖を把むのです。出来なかった過去を把むのではない。現象面を把むのではないのです。
そう言われたって自分は貧乏だ、
そう言われたって自分は学校もろくに出ていない
そう言われたっていま癌だ、と思う方もいるかも知れません。しかし、自分が日頃把んでいるものが癌であれば、癌は治りません。貧乏であれば貧乏は治りません。把んでいるものがそのまま延長線上の人生に現れてくるからです。
神聖復活とは、自分で自分の神聖を把むこと。自分自身が神性であることを信じること。疑わないこと。
全人類はほんらい神聖そのものなのです。神聖の中には否定的なもの、マイナスの現象は一切ないのです。把めばそれが来る。把めば来るのですよ、この地上界の物質の法則は。
宇宙の法則により、神聖なるものが限りなく、皆さま方に与えられているのです。ですから、他人に神聖復活を教えるのではないのです。自分自身が本物の神聖をつかみ取って初めて、自分の体験として人に神聖が語られ神聖復活が語られるのです。
多くの人はまだまだ自分を疑っている。まだまだ現象面をたくさん捕まえている。まだまだダメだと思っている自分がある。それはぜんぶ過去です、幻(まぼろし)です。あなた方は幻をつかんで自分の人生の中に取り入れてきたのです。幻をつかむ必要はない。
まぼろし−現象というものは、自分が願って、自分が創って、自分で引き寄せたもの。まだ現実に現れていなくても、自分が想い続けたことは必ず現実にやって来ます。同じことを繰り返したら、それは現実になるのです。
では、何をつかむか。
常に神聖をつかんでみて下さい。
それを体験して下さい。
自分は輝いている、自分は出来るのだ、大丈夫、必ずうまくいく、必ず神さまと一緒なのだ、宇宙神と一体なのだ。
自分には何もひびいてこない、叡智がないと思っても、自分の中には神さまと一体の叡智があるのです。神聖そのものなのです。
そこをつかめばそれが神聖復活なのです。
ですから、皆さま方、ここまで多くの一万人の人たちが神聖復活の印を組むことができるようになって、世の中は変わってくるし、地球は変わってくるし、必ず、変わるでしょう!
皆さま方一人一人のその熱意、神聖復活の印、そして改めて自分自身の、その振り返って見て自分の辿った過去に感謝しながら、前にも未来に向かって人類のために神聖復活の印を広げて参りましょう。
皆さま方の存在に深く感謝申し上げます。心より有り難うございます。
<神聖復活>
【里香先生】
それでは皆さまと共に神聖復活の印を7回、組んで参りたいと思います。
まず、ほんとうに、あの昌美先生がお話されたように、少し呼吸に意識をして、自分のザワザワ雑念が表れてくるかも知れませんけれども印を組む前に一分でも良いです、先ほどのお話にあったように、ふか〜い呼吸をすることによって、自分の静けさ、そこに内在する宇宙神、そこに内在する神聖、すべてはここに在るんだ。それが自分なのだと云うことを意識しながら、1分間ふか〜い呼吸をして参りたいと思います。
はい。それでは7回神聖復活の印を組んで参りたいと思います。よろしくお願いいたします。
<終わりに>
皆さま、きょうもご参加有り難うございました。
次は9月26日と来月の第二土曜日となります。お会いするのを楽しみにしています。
本日もすてきな一日をお過ごし下さい。
ありがとうございました。
真妃先生より、五井平和財団主催の講演会
(講師;高橋徳氏)のお知らせがありました。詳しくはhttps://www.goipeace.or.jp/news/ 参照。
以上