231209-動画による祈りの会_真妃先生・里香先生
【真妃先生・里香先生】
皆様、おはようございます。
【真妃先生】
今日も動画による祈りの会にご参加いただきまして、まことにありがとうございます。
【里香先生】
もう12月に入りました。先月は録画による収録になったが、たくさんご参加くださいまして本当にありがとうございました。おかげさまで、財団フォーラムの受賞者のシーラさんを富士聖地にお迎えし、たくさんの感想をいただいた。
【真妃先生】
先週は、皆様がちょうどお祈りくださっている11時ぐらいにシーラさんとご主人のジョンさんが到着され、お二人を野外会場や七つの場に案内したり、地下の展示場を紹介させていただいたりした。
野外会場についても月に一回、皆様方が本当に平和のためだけに祈りに来られているということを、写真を見せながら説明させていただいたら、本当にご夫妻共々感動されていた。
シーラさんはクリスチャンのご家庭で育ったので、彼女の中の祈りの定義というのは、神様に許可を得るとか謝罪するとか、何か大いなる存在が常に私達人間をジャッジしている中で、お許しを得られるための祈りという感覚で育ってきたそうです。
それで、ある面で祈りとは距離を置いていたが、富士聖地に来られ世界平和の祈りに触れたときに、彼女は心から「私は今日、自分の中の祈りの定義が変わった」とおっしゃっていた。そして「これからは、私も世界の平和の為に祈ってゆく」とお話くださった。
皆様方が長年祈り続けてこられたその事実を伝えるだけで、本当に何の説得をすることもなく、また教義をお伝えすることもなく、ただ富士聖地で皆様方のお姿を(お写真を通して)拝見されただけで、人の心が一瞬にして変わってゆくのだ、本物の祈り心に触れることで自然と変わってゆくのだということを教えていただいた。
また、ご主人のジョンさんは「ここは台風の目の中心のような場所だ」とおっしゃっていた。それは、台風が起きると真ん中に台風の目があり、周りはすごい暴風域だが、真ん中には静けさがあるのと同じ状況です。
ジョンさんはまた、「だから世界中が色々な荒波にもまれていても、この富士聖地というのは、世界がどんな状況であっても、常に台風の目の真ん中のような静けさを保ち続ける場所になるだろう」とお話くださった。
また彼は、「おそらくここの場所は、100年経っても200年経っても300年経っても、この静けさを守り続ける場であり、それは世界と人類にとってものすごい宝となる場所だと僕は感じる。だから、そういう場を守り続けてください。静けさを保ち続けてくださっている皆様にどうか感謝の気持ちをお伝えください」とメッセージを託された。
皆様方と祈り続けてきた富士聖地の場は本当に、来られた方が行事に参加しなくてもすぐに祈りの本質や、自分の神聖に気付くことが出来るエネルギーを放っている場になっているということを、今回シーラさんとジョンさんをお招きする中で体感した。
「このような変容が起きたのは、『動画による祈りの会』にご参加くださっている皆様方が、富士聖地にお祈りの光を送ってくださったおかげだな」というふうに感じ、私達も動画の祈りにはライブでは参加できませんでしたけれども、ジョンさんとシーラさんをご案内させていただきながら、「心は皆様方の祈りと一つに繋がっていたのだな」と感じた一日になった。
今日はライブで、二人で開催させていただく。前回はライブで出来なかったが、皆様方ご参加いただき、ありがとうございました。
それでは世界平和の祈りをさせていただきます。お祈りをする前に、今月号の白光誌20頁にある五井先生の「世界平和を祈ろう」という詩を朗読させていただくので耳を傾けてお聞きください。
『世界平和を祈ろう』
五井昌久
宇宙と云うのは不思議な存在
数多の星々を輝やかせて
何んというこの静けさだろう
生命波動を生き生きとひびかせながら
それでいてこの深い深い静けさ
そんな深い静寂の中から
この地球世界にひびいてくるいのちの躍動
天空の彼方から大地の底から
生きのいのちの輝かなことばが
すべての存在を生かし切ろうとしている
だが まだまだ駄目なのだろうか
地球世界は幼すぎるのか
権力と金力が生むあらゆる欲望の渦の中で
人と人とが国と国とが争い合う
生命の本源を忘れ果てた
地球世界の権力者たち
業想念波動に踊らされる肉体人間の群れ
そんな人々の吐き出す黒雲に蔽われて
地球世界の悲劇はどこまでも発展してゆこうとする
こんな時
目醒めた人々は一体どうすればよいのか
地球世界の大悲劇を未然に防ぐための手段をご存知なのか
それは只一つしかないのだ
世界中の人々が想いを一つにすることだけだ
人と人が分かれていても
国と国とが対立していても
本源の世界ではみんな一つの生命で結ばれていると云うことを
一人一人が知らねばならない
私とあなたが一つになり
あなたとあなたが一つになり
国と国とが一つになり
みんな平和を欲しているんだと叫ぶことだ
世界人類が平和でありますように
私のこの祈りはその心から生まれた
本源世界の大調和波動と全く一つになるひびきは
世界平和一念の生き方の中にすべての想いを投入しきることだ
私は世界平和の祈りを唱え続ける
君もあなたも唱え続ける
一人一人の唱え言が
やがて世界中の唱え言に必ずなる
私は宇宙神のみ心の中にすっぽり入りこんで
昨日も今日も明日も明後日も
世界人類が平和でありますように と唱え続ける
地球世界の大調和実現のその日まで
私の平和の祈りはつづくのだ
五井先生の「世界人類が平和でありますように」というこのお祈りの言葉が、どのような想いの中から生まれてきたのか、改めて皆様方に感じていただいた中で、この五井先生の願い、想い、五井先生そのものの波動、そして宇宙神の波動そのものと一つになる、そんな想いで「世界人類が平和でありますように」と『世界平和の祈り』をお唱えください。それではお祈りに入ります。
<世界平和の祈り>
ありがとうございました。それでは皆様方と七つの言霊の宣言を行ないます。
<七つの言霊の宣言>
【里香先生】
それでは始めます。
*世界がいかに広くても、自分と同じ人間は他に存在しないのだ。
*ゆえに○○○○は、今を真剣に生きるのだ。
*そのためには、過去における自らの思い込みを捨てるのだ。そして、今を真剣に生きるのだ。今この瞬間が尊いのだ。
*他人に振り回されるな。神聖なる自分は振り回されるわけがない。
*毎日の人生を真剣に最後の日として過ごすのだ。
*そして自分の神聖なる道を、全人類の平和と幸せのために、まっすぐ進んでゆくのみ。
*やがて神命を終え、五井先生が地上にお迎えに来られ、輝かしい神界へと導かれ飛翔してゆくのみだ。
ありがとうございます。本日は12月ということで、2023年も残すところあとわずか。個人においても人類世界においても様々なことがありました。ご自身の中を振り返っていただくと、別れもあれば新しい出会いもあり、誕生もあれば往生もあり、いいこともあればそうでないこともありと、本当に相反するものが全て偶然ではなく、和合しながら動いていた。これを私は本当に感謝すべきことだと思っている。
すべての宇宙の運行と大自然が繋がり、個々人の生命の完う、そして人類、全ての他者、自分の周りの家族、知人、友人…。そして大きな意味での人類、そして宇宙、そういうものが本当にうまい具合に交差し合いながら祈れるときもあれば、祈れない時もあった。
これから、そういったことが全て完璧に和合しながら動いているこの世界を思いながら、皆様と共に今年一年に感謝を捧げる機会を持ちたい。
その前に、老子講義197頁の五井先生のご法話の一部を読ませていただくので、どうぞお耳を傾けてお聞き下さい。
老子講義197頁『道徳経四十三章』の一節
五井昌久
故に物は或は之を損じて而して益し、或は之を益して損ず。人の教うる所は、我も亦之を教えんとす。強梁なる者は、其の死を得ずと、吾将に以て教えの父と為さんとす。
この世界というものは、すべてにおいて相反するようにみえるものの和合によって成り立っているのでありますから、物質にしても何にしても、損するものがあれば得するものがある。益したと思っているうちに、いつの間にか損をしている時もある。そういう状態を人は常に自他の生活の中で教えられている、というのであります。老子のいいたいことは、この表面に現れていることを土台にして、だから、損だとか得だとか、幸だとか不幸だとかいう、そうした現象面にだけ把われないで、もっと奥底の生命自体の在り方、宇宙神のみ心に合わせて生活してゆくことが必要なのだ、といっているのであります。
そして最後に、強梁(きょうりょう)なるものは死を得ず、といっているのです。強梁なる者というのは、自己の力に慢心している者、つまり、自分の権力や利害のためには、どんな手段でも講じ、神をも天をも畏れぬ者は、死を得ず、という極端な言葉で、こうした心をたしなめているのであります。こうした生き方をしてはいけないということを、教えの父、教えの最大のものとしてゆこう、とまでいっているのです。
世の中には人間の在り方というものを、少しも考えずに、只、肉体身として存在している自己の金力や地位力や権力のみに頼って、神の大調和精神を全く離れた生き方をしている人が、かなりあります。そうした力が通用しているうちは、御当人は鼻高々と生きておりますが、真理を知っている者の眼からみると、実に気の毒な、哀れな人に思えてくるのです。
それは何故かといいますと、その人が慢心の日々を重ねてゆくに従って、その人の苦悩に充ちた未来の姿が濃厚に現れてくるからなのであります。
その人は死を得ることができない、と老子がいうのは、死を生命の安らぎ、という意味に取ってみますと、肉体滅後のその強梁なる人の死、つまり肉体の消滅は、死後の世界における暗黒苦悩の生活がそこに画かれつづけてゆくのであって、少しの安らぎも、安穏も見出すことができないのです。
死後の世界は、自己の想念のままの世界が即座に繰りひろげられてゆくのでありますから、神をも畏れず、肉体世界の自己の力のみに頼って、人を圧迫しつづけたような想念の波が、そのまま、自己の運命として、その人の生活に還元してくるのです。
その人の肉体界での生活は、神より流れてくる生命そのものの調和した力をもってしたのではなく、肉体界の持つ物質力や地位力、腕力や武力によってなされていたのですから、そうした力の通用しない死後の世界においては、まるで無力の痴(し)れ者として生活しなければならないことになるのです。
こうした原理を知ることこそ、何んにもまして知らなければならぬ、最大の教えである、教の父と為すべき真理である、と老子はいっているのであります。
実際に、この地球世界では、神仏の力というより、武力や金力の方が、優位をしめているようにみえ、世界は武力や金力によって抑えられているようにみえてはいますが、神のみ心が、真直(まっすぐ)に地球界に現われてくる時代になりますと、死後の世界と同じように、生命の法則の大調和精神に反すれば反する程、その人やその国の運命は損われてゆくのであります。
やがてくる時代は、神の力の偉大さが、如何にこの世的な金力や武力という権力に勝るかということを、はっきり地球世界に証明する時代となるのです。それは今日までのあらゆる聖者賢者の言葉であり、宇宙科学完成の暁の真実の姿でもあるのであります。
【里香先生】
本当にこれからの時代、2025年からは日本も世界に向けて神聖なる国になってゆく。それは何故かというと、日本人の元々の霊的な精神性が一人一人の中から目覚め始め、そして日本人の精神性に神聖が本当に開いてくる時代になるからだ。それを再確認したうえで、今日は真妃先生に、皆様方のそういう神聖なる想いの力をもっと内から発揮していただくプログラムを行なっていただくので、今年一年間を感謝の気持ちを持って振り返っていただきたい。
【真妃先生】
それでは特別プログラムに入ります。今日のプログラムは、12月ということもあるので、今年一年への感謝にテーマをあてたプログラムとします。今年一年、1月からのことを振り返り、すべては消えていった姿であるが、その消えてゆく姿の中で、私達の中に残っている様々な出会いや経験、学び、気づき…。それらを思い出しながら感謝の気持ちでこの一年を振り返ってまいりたい。
今日の特別プログラムは、皆様方のこの一年の人生を振り返っていただき、感謝の気持ちを捧げる時間とします。
そして12月23日に今年最後の動画による祈りの会があるが、そのときには、世界中の存在や自然界の存在へ向けて、皆様と共に感謝の気持ちを放ってゆく。
それでは、今から静かに目を閉じていただき、10分間、皆様と共に感謝の気持ちで過ごしますので、目をつむりながら聴いてください。
先ほどの里香先生のお話で、「老子は和合によってすべて成り立っているとおっしゃっており、これを日常の中に教えられている」と話されていた。
この和合が日常の中で成り立っているということが、自分の日常の中に見えた瞬間に、私達は本当に全てが完璧で、欠けたるもののない世界に生かされていることを全身全霊で感じることができる。それを感じたときに何が起こるかというと、溢れ出る感謝、これが湧き起こる。
また、この完璧な世界の中に生かされている事実と共に、その中に存在している自分の存在に対する感謝の気持ちがただただ湧き起こってくる。
しかしながら和合ではなくどちらか一方、いいことだけ・悪いことだけ、得た者・奪われた者、どちらか一方の軸足に自分がいるときには、この溢れ出る感謝の気持ちは出てこない。
溢れ出る感謝の気持ちとは、「ただただもう生かされているだけで、何もしなくてもここに存在するだけで完璧なんだ」という気持ちです。
どちらか一方の軸足に自分が立っているときに見えている世界は、たとえば奪われたと思って見ている場合は、恐怖、不安、批判、非難が出てくる。
逆に、「もらえた」「嬉しい」「何かを得た」という反対面に軸足があると、「私はすごい、あの人はダメ」というような傲慢の方の軸足に自分自身の存在を強く感じてしまうことになる。
それは、この世の中の流れと一つになった中で、(良いにも悪いにも傾かず)一つになって存在しているのではなく、「自分は素晴らしい(他は素晴らしくない)」「自分はすごい(他はすごくない)」というように、感謝や神聖とは軸足がずれたところに立ってしまっているということ。
本当にこの両面、一つの物語、一つの物事、一つの出来事、一つの出会いの中における両面が見えたときに、「宇宙は本当に完璧で欠けたるもののない存在であり、私の人生も本当にすべて欠けたるもののない人生なんだ」というところに気付かれるはずだ。
その感謝の波動を噛み砕いて見ると、愛そのものの波動であり、神聖そのものの波動、神そのものの波動になっている。
またその和合の視点というのは、守護霊・守護神の視点であり、和合ではないどちらか一方の視点というのは、肉体人間の自分という視点だといえる。
私達は、どちらか一方しか視えていない世界から感謝を探してゆく過程を経て、守護霊様・守護神様と同じ和合の視点で宇宙を観れるようになってゆく。
そのようにして、自分の一年の人生を振り返ることができたときに、私達は自分の人生や存在そのものに対する深い感謝の気持ちを捧げることができるようになる。
そのようにして、私達は愛の波動であり、神そのものの波動であり、神聖な自分と一つになった存在であるということに気付いてほしい。
それでは、これから音楽に合わせて皆様方と7分間、静かにこの一年を振り返り、ご自身の今年一年の様々な出会い、体験、経験に感謝の気持ちを注いでください。
そしてそれらに対して感謝を向けた後、もしお時間があったら意識しないと受けられない感謝、つまり当たり前に与えられているものに対する感謝を探してください。
こちらに関しては、消えてゆく姿が消えた後で見えてくるもの、こちらから探してゆかなければ見えない感謝になります。
例えばそれは、病気になったからこそ見えてきた食べられる喜び、眠れる喜び、普通に歩ける喜び、座れる喜び、話せる喜び、これらは元気で健康な時には気付けない当たり前のことだけれども、消えてゆく姿が消えていったことによって視点が広がり見えてくる新たな感謝だといえる。
災害にあったり、停電が起きたり、何かその普通ではないことが起きることによって、電気がある喜び、食べ物がある喜び、コロナがあったことによって見えてきた学校に行ける喜び、出かけられる喜び、当たり前のように普通の生活をしていたら消えていないことに対して感謝をしてゆくというようなことに、残りの時間をあててください。それではどうぞよろしくお願いいたします。音楽の方よろしくお願いいたします。
<感謝の時間>
皆様方、ありがとうございました。皆様方はどのような感謝をささげられたでしょうか。感謝の気持ちを色々な存在に捧げてゆくということは、本当に守護霊様守護神様の想いと一つに繋がってゆくことでもある。
私はこのような時間を過ごす度に、この道を辿ると自分の中に存在するどんな出来事もどんな存在も愛でるような、愛するような、大切にできるような、そんな想いが自然と湧き出てくるということを感じている。
ですから二週間後、また動画の祈りの会があるその時には、是非このような想いで、世界中の様々な存在に対して、皆様と感謝の気持ちを捧げたい。
これから二週間の間、どうぞお休みになる前や朝目覚めたとき、電車の中で出勤される間とか、ちょっとした時間を見つけながら、ご自身の一日を振り返ったり、一週間を振り返ったりして、そこで見つけた様々なことに対する感謝を送り続けるような、そんな日々を送っていただきたい。
皆様と二週間後にお会いしたときに、感謝の気持ちで深く繋がり、世界に感謝の波動を送れたらなと思っている。
今日はご参加いただきまして、ありがとうございます。
それでは最後に、皆様方と神聖復活の印を組ませていただきます。
【里香先生】
<神聖復活の印を七回連続>
はいありがとうございました。
【真妃先生】
皆様方、今日もご参加いただきまして、まことにありがとうございます。
【里香先生】
私にとって素晴らしい時間、祈りが深まる感謝の時間となった。皆様方とお祈りをして感謝の時間を過ごしている中で、本当に皆様方の存在がどのような状況の中であっても手を合わせ世界平和の響きを放たれている尊いお姿であったり、腕が痛かったり、体が不自由であったり、腰が痛かったりしながらも、一生懸命神聖復活の印を組もうとされているその尊いお姿を感じ取れた。
その時に、こうやってみんなそれぞれが住んでいる場所や境遇は違えども、本当にこの白光の祈り、白光真宏会で行なっている祈りというのは、個人の救われだけではなく、こうやってひとりひとりが感謝の心を深めていくと同時に、「自分は神聖であり人類もまた神聖なのだ」という想い(光の意識)を放っている。
その光を放つことがものすごく大きな、人類にとって大きな働きになっているのだなあと感じていた。
田坂さんが財団フォーラムの中で、「祈りは今の世界に必要なことだが、その祈りがどんな祈りであるかが大切で、本当の祈りをしなくてはならない」というようなことをおっしゃられていたのが印象に残っている。
おそらく田坂さんが感じとっていた祈りというのは、命の大元に「導きたまえ」と祈るような、「我々は神聖の大元、神聖そのものだ」というもので、大元に滴があって、「生命の本質を私達に導き現わしたまえ」と祈るような祈りで、私達の祈り心と同様の祈りだと感じた。
それと共に、「すべては完璧、欠けたるものなし、大成就」「世界人類が平和でありますように」「神聖復活、大成就」これらが本当に素晴らしい私達の祈り言葉だなと感じ、その祈り言葉と皆様のご存在に深く感謝を捧げさせていただいた。
【真妃先生】
ありがとうございました。次回は12月23日で、今年最後の会になります。皆様方とまた動画の祈りの会で、祈りと共に繋がれることを楽しみにしております。その日まで是非皆様方、感謝の気持ちで残り少ない今年一日一日をお過ごしください。
先ほど伝えるのを忘れていたが、「無理をして感謝しようとするのは違うかな」と思っている。
消えてゆく姿の体験は、私達に足跡を残してくれ、感謝の種を残してくれていると思うが、私自身も過去の消えてゆく姿が感謝に変わるのに三・四年かかったこともある。
だから、無理をして「感謝しなきゃいけないから憎い誰かを感謝しよう」とかではなく、本当に自分の中から感謝しやすいことから感謝を捧げてゆくと、それがだんだんだんだんと自分の中の色々なものを見ようとする目を開いてくれて、感謝を持とうとする気持ちを広げてくれ、それによって、感謝の気持ちが鍛えられてゆく。
その階段を登っていく過程の中で、私達の中で感謝できないと思っていたことに対しても、必ず感謝できるようになると私は感じている。
これは人生をかけて行なっていく大切なプロセスだと思うので、焦らずに自分のペースを大切にして、人と比べずにご自身ができるところから、まず深い感謝をもって日々を過ごしてください。
長くなりましたけれども、今日もご参加いただいて、ありがとうございました。また23日よろしくお願いいたします。
【真妃先生・里香先生】
失礼いたします。
以上