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5月2日(土)午後『神聖開発勉強会』の詳細な内容

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◆ 260502-午後_勉強会

それでは1時を回りましたので始めたいと思います。5月2日土曜日の勉強会を始めます。

またいつものように世界平和の祈りから始めます。前回、前々回と同様に、統一のCDを使わないで統一をいたします。それでは始めます。

<世界平和の祈り>

はい、ありがとうございました。

この勉強会で以前にお話ししたことがある話をちょっとまたいたします。画面共有をします。2023年3月、野球の国際大会で決勝戦がアメリカと日本だったんですけれども、大谷翔平選手がその時の試合前の、みんなに気合を入れるお話をした時の話が、今でも名言として残っています。画面の下の太文字のところですね。

「僕からは一個だけ。憧れるのをやめましょう。ファーストにゴールドシュミットがいたり、センターを見ればマイク・トラウトがいるし、外野にムーキー・ベッツがいたり、野球をやっていたら、誰しもが聞いたことがあるような選手たちがいると思うんですけど、憧れてしまっては越えられないので、僕らは今日、越えるために、トップになるために来たので、今日一日だけは彼らへの憧れを捨てて、勝つことだけを考えていきましょう。さあ行こう」

というお話でした。えーと、ちょっと待ってくださいね。画面共有をやり直します。映ってますかね?動画なんですけれども再生してみます。

<動画再生>

これをただ「大谷さん、いいこと言ってるね」ということで終わらせてしまったらもったいないと思うんですね。この意識を自分のものにするんです。

大谷選手は野球の世界で、実際にアメリカの力のある選手たちの中に入って頑張ってきて、今では逆にアメリカの選手たちから憧れられるような活躍をされています。

その根底には、このお話の中で出てきた、憧れているところにとどまらない意識、超えるために、トップになるために野球をやっているんだという気持ちを持っていたということです。

そういう気持ちを持ってやってきたがゆえに、彼は今世界中から認められる野球選手になっています。動画見れました?オーケー。

どうしてこの動画を見ていただいたかというと、この言葉を発したその本人のエネルギーに触れていただきたかったからです。自分がそんなことを思ってもいないのに、口先だけで言っている人の言葉には力がないんです。でも本当にそう思って努力して、一生懸命生きている人がこういう言葉を発すると、その発した言葉には力があるんです。

今のさっきの大谷選手のお話は、試合前に「さあ、これから試合が始まるぞ」っていう段階で日本の選手のみんなを鼓舞し、勇気づけた、力づけたと思うんですね。

なんで大谷選手が他の日本の選手たちを力づけることができたかというと、自分自身がやってきたことをただ正直に話したからなんです。自分がやっていることを話したということは力があるんですね。

私たちが彼の気構えというか心構えというか、そういう意識に倣って、私たちの人生に「あの意識」を当てはめて、さっきの言葉を出し直してみると、こういう感じになると思います。2つ、出しています。

上からいきます。1個め。彼の思考を私たちに当てはめてみる。

【彼の思考を私たちに当てはめてみると……①】

「私からは一個だけ。憧れるのを止めましょう。神界にはイエスキリストがいたり、釈迦牟尼世尊がいたり、その奥を観れば老子がいたり五井の大神さまがいたり、神聖復活の道を歩んでいたら誰しもが聞いたことがあるような神霊方がおられると思うんですけど、憧れてしまっては神々の世界に戻れないので、私たちは今、神々に戻るための時間を生きているので、今日を境に神界の錚々たる神々や天使方への憧れを捨てて、いのちの源の世界に還元した意識で今を生きることだけを考えていきましょう。さあ、行こう!」

2つめ。

【彼の思考を私たちに当てはめてみると……②】

「私からは一個だけ。諦めるのを止めましょう。この世を見れば悪いニュースばかりで、不完全なのが当然のように思えて、自分の心を見つめても習慣性の想いがなかなか抜けなくて、「ままならないのが当り前だよ」って思えてしまったりすると思うんですけど、諦めてしまっては超えられないので、私たちは今回の人生でそこを超えるために、神我一体になってこの世を神代にするために生まれて来たので、今この瞬間以降は諦めることを諦めて、肉体界に生きる神界の住人として生きている意識を当然のものにしてゆきましょう。さあ、行こう!」

例えば誰かの本を読んだ、誰かのいいお話を聞いた、というときに、皆さんも刺激を受けることがあると思うんです。刺激を受けたときに、その想いをどう扱うかによって、その後の自分の運命が変わってきます。

例えば本だったら本を読んで、ああいいお話だったって終わってしまったら、自分のものにはなりません。誰かのいいお話を聞いて、ああいいお話だったわーって終わってしまったら、やっぱり自分のものになりません。

自分に当てはめて、自分の想念・言葉・行為に、その読んだいいお話、聞いたいいお話を自分に当てはめて実践するという、その後の取り組みがあるかないか、そこが運命の分かれ道になります。

例えば読書家の人がいて、いいお話が書かれた本をたくさん買って読んで、本棚には本がずらっと並んでいるっていう方が、その読んだ数に比例して立派になっているかといったら、全然そんなことはないですね。

読んだ本の中に書かれている内容を実践したかどうか?その積み重ねによって、その後の人生が変わっていった人もいるでしょうし、全然変わらないという方もいらっしゃる、というふうに分かれていきます。

真理のお話というのは、単なる肉体人間の慰めではないんですね。この世の人生が、自分の生活があまりにも辛いから苦しいから、宗教の世界に逃げて、そこで救われを求めるとか、それはその人の守護霊さまが神我一体の道に導くきっかけに過ぎないんです。

今回の人生で、いろんな形で皆さんも真理を求めるに至っていると思います。もちろん今生の記憶では覚えてませんけれども、過去世でも数え切れないぐらい、自分を立派にするという取り組みを私たちはしてきています。

そういう過去世があるからこそ、今生で世界平和の祈りにつながるご縁を得たわけです。そういう努力精進してきた過去世のない人は、今生で地球人類がまだ全然目覚めていない段階で世界平和の祈りにつながるようなことはできないのです。

私、今までちょっと言葉を濁して、「あんまり本当のことを言ってもな」って思って言わないでいたことがあります。もちろん、皆様それぞれがご自分の直観で、ご自分の守護の神霊とのつながりの中でキャッチされている内容かもしれません。

さっき、「過去世での努力精進の積み重ねがなければ、今生において世界平和の祈りにつながることができません」という言い方をしたんですけれども、これをもっと直接的に言いますと、「過去世からのご縁がないと、五井の大神との直接的な繋がりを得ることが出来ない」ということです。

五井の大神というのは、昌美先生の言葉を借りれば宇宙神の片腕。この太陽系銀河だけではなく、たくさんの銀河系を管轄する宇宙の長老的な神霊なんですね。

なので村田正雄さんが霊界、神界へ行ったときに、五井先生の本体と会ったそのときに、村田さんが見た五井先生のお姿というのは、1950年代から1970年代の当時、肉体界に生きていらした五井先生のお姿ではなかった。白髪白髭の老翁のお姿だった。

髪の毛もおひげも全部真っ白で、五井先生のあごひげが――晩年あごひげ生やしてらっしゃいましたね、あんな感じがさらに伸びた感じ――五井先生のあごひげがどこまでもどこまでも伸びている姿を村田さんは見たんだそうです。

で、なんでかわからないけれども、その五井先生のおひげがキラキラ光っている。「何なんだろう?この光っているのは」って思って、村田さんがよーく目を凝らして見てみると、五井先生のあごひげのなかにキラキラ光っていたのは宇宙の星々だったと言うんです。

そういう宇宙のたくさんの星々を統括する神霊が五井の大神なんです。その宇宙の神霊が人間の姿になって顕われたのが、「五井昌久」という名前で顕われた五井先生でした。

白光の歴史を振り返ると、昭和55年、五井先生があちらの世界へお帰りになったのは、多分当時会員だった方にとっては青天の霹靂な出来事だったと思うんですけれども、その後、昌美先生が立派に後を継いで、私たちを引っ張ってくださり、導いてくださったんですけれども、90年代に我即神也、人類即神也が出たあたりで、「昌美先生が五井先生のみ心を逸脱して勝手なことをやり始めた」と思い込んで辞めた方がたくさんいらっしゃった。

私たちはそういう時も離れることなく今日に至っているんですけれども、昌美先生の言動をよく心で噛み締めて吟味してみれば、五井先生のお心を外れた瞬間は一瞬たりともないことがわかるんですね。

昌美先生は五井先生とずっと一体で、五井先生の本体と一緒になって私たちを指導してくださっておられました。最新の電話メッセージを聞かれた方、もしくはピースレターで読まれた方もいらっしゃると思うんですけれども、五井先生のお話ばかりでしたね。

皆様、あの電話メッセージをどういうお気持ちで聞かれたでしょうか?もしくはどういうお気持ちで読まれたでしょうか?私は「いよいよ五井の大神が地上に顕われる時代に入るんだな」と思って聞いておりました。

この勉強会では、「守護霊・守護神と一体になるために、一番身近な神さまである守護霊さまと一つになりましょう」というお話をずっとしてきたんですけれども、「守護霊と一体になりました、守護神とも一体になりました、さあその先は?」というところで、私たちは五井の大神さまを通して宇宙の根源につながることができます。

守護霊と守護神が全く離れた存在ではなく、一つになって私たち肉体人間を導いてくださっているように、五井の大神さまと宇宙の根源、宇宙神は一体である。同じ理屈なんですね。一つなんです。

肉体にいた時代の五井先生は謙虚な方ですから、「我は宇宙の大神なり」とか、あまりそういう話はしなかったんですけれども、以前にもお話ししたかと思いますが、昌美先生がまだ二十歳になる前くらい、琉球王朝の業生を背負って苦しんでいらっしゃった時に、五井先生は傍で一生懸命お祈りされていた。それを当時の職員の方が見ていた。

その時の記録を私、見たことがあるんですけれども、五井先生は一生懸命天の神さまに向かってお祈りをされていた。「神さま、私にまだ徳が残っているなら、その徳を全部、昌美に与えてください」というお祈りの仕方をされていた、というんですね。

五井先生ご本人はすでに神我一体になっていらっしゃって、そして肉体の意識に神意識が顕われているにもかかわらず、そういうお祈りの仕方を周りの人にしてみせたというところがポイントなんだと、私は思っております。「こういうふうなお祈りの仕方をすればいいんだな」という見本を見せてくださった。

五井先生ご本人は別に、昌美先生に徳を分け与えたところで困ることはない。もう無限に徳が湧きあふれる本源の世界に生きていらっしゃいますから、何にも困ることがないんですけれども、肉体人間としてはそのように祈ってみせた。

私たちはこれから全く違う世界を創ろうとしているんです。さっき「徳」という言葉が出てきましたけれども、お金とか肩書きとか名誉だとか、そういうものにとって代わられるものが、私たち一人一人が持っている徳です。徳がお金や肩書きの代わりになる時代になります。

どういうふうにそういう時代へ変わってゆくのか、皆さんも興味あると思うんです。私も聞いてみるんですけど、「こうご期待」って言うんです。その「こうご期待」というのは、今を生きている私たち次第で、これから先の未来に、この世へ現われる世界線がいくつもあるんです。確定してないんです。

ただ一つ確定していることは、地球が進化した神霊文明の時代を迎えるということです。その迎えるにあたっての迎え方というのは定まっていません。私たちが他人任せの意識になって、「五井先生がやってくれるから大丈夫」とか思って、自分が精進することを怠る人が多かったら、最悪の未来を迎える可能性もあります。

それはこの世が一旦滅亡して、私たちは神界に避難して、地上が落ち着くのを待って、地上が落ち着いたらまた地上界に戻って、この地球をやり直すという未来です。これは最悪の未来です。なるべく来てほしくない未来。

だからこそ、ここ何回かで言っているような「ソフトランディング(軟着陸)をさせよう、なるべく地球の自然や生きとし生けるものや人類たちを苦しみ少なく神聖の世界へ移行させよう」というのが、地球の神々(救世の大光明の神々)や宇宙天使の方々の共通認識になっております。

地球に直接関わっていない、もっと遠くから地球を見ているような方々、例えば遠い星の宇宙の方々とか、地球とは直接関係のない神々の中には、ものすごく冷徹に地球を見られている方々もいらっしゃるそうです。

地球ご自身も「もう辛抱たまらん」ということで、天の神さまに何回も何回も訴えて――それは「地球」という詩の中に書かれていましたね――「もう身震いをして私の体の上の厄介者を全部震い落としてもいいか」と尋ねられた。でも天の神さまが、五井の大神が「もうちょっと待ってくれ」「もうちょっと待ってくれ」と地球意識をなだめ、今日に至っております。

このように起こる出来事というのは、見る位置によって全然違うふうに捉えることができるんです。地球意識が身震いして「私の体の上の厄介者を震え落としてもいいか」って言ってるのを全く別次元の別世界から見たら、「そんなの地球人が、自分達の業想念で自滅してゆく姿じゃないか」っていう見方もあるんです。

実際にこの地球界は、過去に何回も滅びているんです。アトランティス時代の想いの残骸を今に引きずって生きている人もいます。レムリアやムーの習慣性を今に引きずって生きている人もいます。でも数は少ない。なぜなら、生き残れた人は限りなく少なかったからです。すべての過去の文明は、海底深く、海の底に沈みました。

でも当時はまだ、その後があるってことが分かっていたからよかった。今回の地球の状況は第7劫にあるんだよという言い方をされていることを、皆さんも聞いていると思うんですけれども、この第7劫の「劫(こう)」という言葉、1劫・2劫・3劫・4劫という表現をする「劫」というのがどういうことかという説明を聞いた方も聞いてない方もいらっしゃると思います。

『盤石劫(ばんじゃくこう)のたとえ』では、四方・上下とも約7キロ四方の大きな岩がある。それを、百年に一度天人が舞い降りて、その岩を薄い羽衣でそっと一度なでる。それを繰り返す。そうしてその巨大な岩がすり減って無くなってしまっても、まだ「一劫」は終わらないというんです。

それぐらいに「1劫」という期間は長い期間だということです。それが今では、第7劫の完成の時期に来ているというんですね。宇宙のどこの惑星を新たに開発するにあたっても、第7段階目で完成に至るというのはみんな同じです。今回は、何が何でも地球は完成させなければいけない。

私たち個人にそれを振り変えて考えると、私たちは他の星から地球へ来て以降、数え切れないぐらいの生まれ変わりを体験しているんです。今夜のプログラムの案内PDFの始めの文章に、『霊系統の統合へ向けて』というお話が書いてあるんですけれども、この霊系統をたどってゆくと、私たちの過去世というのは一本のラインで大昔に連なっているんじゃなくて――いくつかのラインで大昔につながっているんですが――一本のラインだけで大元とつながっているわけじゃなく、過去のどっかの時点で複合霊となっていて、また違うところで複合霊になっていてというふうに、ものすごく入り混じっているんですね、いろんな霊系統が。今の私たちは基本的には2本から3本の霊系統で、この魂が出来上がっているんです。

そういう過去世を振り返ってみますと、私たちはどれぐらいの生まれ変わりを体験しているかわからない。その中で立派な行ないをした過去世もあれば、やさぐれて生きていた過去世もあれば、早死をした過去世もあれば、長生きをした過去世もあれば、男の体を持って生まれた過去世もあれば、女性の体を持って生まれた過去世もあれば、また生まれた土地についても、日本だけではなく中国に生まれたり、ロシアに生まれたり東南アジアに生まれたり、アフリカに生まれたり、ヨーロッパに生まれたり、中東に生まれたり、南北アメリカ大陸に生まれたり、オセアニアに生まれたりと、私たちはありとあらゆる大陸や地域を経験したうえで、今生、日本に生まれたんです。

日本に生まれることができるというのは、並大抵のことではないという話がありますけれども、別に日本に生まれなくても立派な方は世界中にいっぱいいらっしゃいます。それは役割が違うんですね。それぞれの地域で、人類の神聖復活を導くために、それぞれの地域のリーダー(代表)として、世界各地に立派な方々が配置されています。

火曜日の夜、木曜日の夜、日曜日の夜のお祈りの会でリーダーとして参加してくださっているような方々もそうですし、そこには出てこないけれども、私たちと心を一つにして世界平和の祈りを祈り続けてくださっている方々もいます。

いろんな方々が力を合わせて、これから本当に地球全体を、人類全体を、意識が目覚めた状態に引き入れていく。それは口で「あなた、目覚めなさいよ」って言ったから目覚めるっていうもんではないんですね。祈りを通して、印を通して、命の根源の光を人類一人一人の魂に手渡ししてゆくことによって、人類の意識進化が促進されていきます。

それは、「促進されてゆく」という未来型の話ではなく、促進されつつある現在進行形の段階に至っています。世界中でもう人々が目覚め始めているんです。多くの人たちが「地球はこのままでは良くないよね」「私たちは変わらなくちゃいけないよね」と、たくさんの方々が今、真理に目覚め始めています。

それは心の領域、霊的な領域の話ですから、まだ表面の世界のムーブメントにまではなっていませんけれども、霊的に起こっていることは、遅かれ早かれこの世に顕われ始めます。私たちが今日を迎えているのも、もうその前段階で霊的に準備ができてたから、今私たちは神聖復活という段階に足を踏み入れているんです。

木曜日のメールのPDFの中で、「霊界上位に生きている人たちの手放すべき想い」という中見出しのところにも書いてるんですけど、今私たちは――中には神界に足を踏み入れちゃっている人もごく一部いらっしゃるんだけど――ほとんどの人たちの意識が霊界の上の方の世界にあるんです。

「霊界の上の方に意識がある」という、この言い方がわからない方いらっしゃいますか?いらっしゃれば噛み砕きますけど、大丈夫ですかね。

井上輝繁さんという宇宙子科学研究員の方が――90年代の話だと思うんだけど――宇宙子科学の集まりのときに、昌美先生が「何でもいいから質問してごらんなさい」って言ったときがあって、手を挙げて質問をした内容が今の話に関連してきます。

それは、2次元、3次元、4次元、5次元という言い方をするときと、肉体界、幽界、霊界、神界という言い方をするときがあるけれども、何か違いがあるんですか?それとも同じなんですか?というような質問だったんだそうです。

で、昌美先生が最初におっしゃったのは、「頭で考えるからダメなのよ」っていうところから入ったらしいんですけれども、要は「頭じゃなく心で感じなさい」っておっしゃったんだそうです。で横にいた当時の理事長、副理事長、瀨木さん、高橋さんに、「じゃあ、高橋さん答えてごらんなさい」と聞いたら答えられない。「瀨木さん、答えてごらんなさい」って言ったら、「喉まで出かかってるんだけど出てきません」みたいな言い方をして、誰も答えられなかった。

昌美先生が、二次元・三次元・四次元・五次元というのと、幽界・霊界・神界とかっていうのは、ちょっとそのままの言葉は忘れちゃったんですけれども、まず幽界・霊界・神界とかっていうのは意識のレベルの話なんだというお話をされていたそうです。次元がどうとかっていうのは――次元上昇とか言いますけれども――3次元とか4次元とか5次元、富士聖地が4次元になりましたとかっていうのは、場の全体の波動の状態のことなんだという説明があったそうです。

さっき意識レベルが霊界の上の方に来ているという話をしたんですけれども、それは昭和40年代前半の数年間、五井先生が直々に練成会っていうのをやってくださった時代に、練成会手帳でしたかね、霊性開発手帳でしたかね、忘れましたけれども、そういう手帳を一人一人にくださったんだそうです。

その手帳の中には、その人の常時の平均的な意識レベルが、幽界だとか霊界のどこだとか、霊界の下の方だとか霊界の中ぐらいだとか霊界の上の方だとかって書いて、さらにはその人が一番立派な時の意識はここにある、一番ダメダメな時はここにあるっていうふうに書かれたものだったんだそうです。

今そういうことをやってませんけれども、でも今の私たちの意識をもってすれば、自分の平均的な意識レベル、そして一番自分がダメダメな瞬間の意識レベル、一番自分が立派な時の意識レベルというのを、ご自分で直感的に把握することができるのではないでしょうか。

でもそれは自分を責め立てたり、がっかりするために知るんじゃないんです。冷静に客観的に自分を見つめる材料として活用すればいいんです。「今の私の平均的な意識は、まだ霊界の中ぐらいだから」とわかったとしても、「自分なんて」ってがっかりしなくていいんです。また霊界の上にまで来てるからって、安心してそこにあぐらをかいてしまったら、それ以上の意識進化はないんです。止まってしまうんです。

木曜日のPDFの文章に書いたのは、霊界の上の方にいる人たちの手放すべき想いというのは、良いことに対するこだわり・思い込み・決めつけ・執着、それさえも手放すということです。

これは霊界通信シリーズを熟読されている方であれば、「そんなの知ってるよ」って話だと思うんですけど、あちらの世界へ帰ると、私たちはその人の意識レベルに応じた世界に住むようになるわけです。

世界平和の祈りをしている人たちは、その特典として、一回は神界のいいところへ連れて行ってもらえます。でもその歓迎セレモニーが終わった後、守護神さまと二人だけになった時に、あなたは肉体界でこれこれこういうことをやり残してきたからって映像で見せられるんです。映像で見せられたらもう知らないとは言えないんですね。自分がやってきた身に覚えのあることだから納得させられて、それで修行の場所へ連れて行かれる。

でも肉体界にいるうちに、そういう魂の課題というものをクリアして全部終わらせてしまえばそんなことをしなくても済みます。例えば子どもたちには夏休みとか冬休みとかありますけど、私たちがこのように生きている時間が夏休みなんだとしたら、夏休みの宿題は夏休みのうちに終わらせる。過去世からこの世に持ち越した魂の課題・宿題は、この世で肉体を持っているうちに全部卒業する。

そのために今私たちは日々一生懸命、消えてゆく姿で世界平和の祈りを中心にして、印を組んだり、人によってはマンダラ書いたりとか、いろいろやってらっしゃるんだと思います。ピースドールを一生懸命作って送ってらっしゃる方もいらっしゃいます。みんなそれぞれの得意なことをやってるんだと思います。WPPCを開催して歩く人もいるだろうし、ピースポール立てて歩く人もいらっしゃるでしょうし。

そういうふうにしながら自分の心を立派にするという取り組みをしている私たちは、本当に数年以内に、全くみんな一人一人が別人になります。「2026年の自分は幼かったね」って、数年後の自分はクスクスって笑っている時が来ます。

はい。2時5分を回ったので、神聖復活の印を1回組んで、休憩にしたいと思います。人類の神聖復活大成就でいきます。

<神聖復活の印を一回>

はい、ありがとうございます。では2時19分まで休憩にいたします。2時19分回ったら再開をいたしますのでよろしくお願いします。

<10分休憩>

それでは2時19分を回りましたので、後半に入りたいと思います。

今からのお話は、先ほどの意識レベルと次元の話を念頭に置いて聞いていただきたいんですけれども、今、地球全体の精神波動と物質波動がどんどんどんどん細かい波の波動に変わっていっております。

この地球界の現象界の次元が50%以上霊的な波の波動圏に突入いたしますと、この世を司る法則があちらの世界の法則に変わる時が来ます。

死んだ先の世界、今までだったら死んだ先の世界で経験していたことを、肉体を持った状態で経験することになってゆきます。ここのところ何回も勉強会でお話をしているんですけれども、自分個人としては、心の中に人には知られたくない想いというのを抱えたまま、そういう波動の世界に入っていきますと、それはとっても肩身の狭い想いをするんです。

なんでかというと、今までだったら隠し通せたことが隠せなくなってしまうんです。人に対する隠し事はもちろんなんですけど、自分をごまかすという想念の習慣も、今のうちに守護霊さまに手渡しして、持っていっていただく、浄めていただくということが、今やるべき大事なことだと思っております。

それをちょっと違う角度から言いますと、どんなことにも引っかからない、つかまない、把われない、という精神状態。『把われを解き放った状態がが神聖復活した意識だ』という言い方もできるでしょうし、『それこそが悟りの心境だ』という言い方もできると思います。

今までの世界を振り返って見ていただきたいんですけれども、私たちはみんな大元の宇宙神の命を、その光のひとしずくを分け与えられて今ここに肉体存在として生きているんですけれども、私とあなたっていうふうに分かれて現われて、しかも地球人だけで表面の肉体界にいる地球人だけで80何億人に分かれて生きている。

幽界や霊界にいる人たちも入れたら何億人じゃきかないですね。何兆人でもきかないと思います。もっとその上の京とか、さらにその上の単位かもしれない。

それぐらいたくさんの人間がこの地球界に分かれ現われている中で、「私は私、あなたはあなた」っていう感覚をいつまでもいつまでも持っていると、やっぱり他人が言ったこと、やったことに、いちいち引っかかるんですね。「なんでこんなこと言うんだ」「なんでこんなことするのよ」というふうに、他人の言動行為に引っかかる。

それでは神聖復活できたとは言えませんので、私たちは「他人の言動行為に引っかからない私たちになる」ということを、日々コツコツコツコツと練習をしてゆくことがいいと思っております。

もしお家の中にご家族のいる方は、ご家族との関係性を通して、一人暮らしだよっていう方はお友達なんかとの関係性の中で、お仕事をしている人だったらその職場の人間関係を通して、他人の言動行為に引っかからない練習をする。

でもそれは根底の意識を改めないとできないんです。根底の意識っていうのは何かというと、「私とあなたは違うのよ、別人なのよ」という意識です。それを手放す必要があるということです。

もう何人かの方は思い出していらっしゃると思いますけど、「我とは何ぞや?」「自分は何者なんだろう?」「Who am I?」というように、自己探求をどれだけやっているかという、心の話につながってくるんです。

「自分が何者か?」ということの答えを言語化してくださいというお話を、ここ何回かの勉強会でしているんですけれども、この間の動画による祈りの会で、真妃先生が「ご自分の天命は何なのかということを振り返って、それをぜひ言語化してみてください」というお話をされていました。

私はあの時に参加して聞いていながら、「自分の持って生まれた天命が何か」ということを言語化するためには、そもそも「自分が何者か」ということをはっきりと言語化して自覚してなかったら、「肉体こそが自分だ」って思うその意識でいくら「天命って何なんだろう?」って考えたところで、いつまでたっても答えは出てこないだろうなって思いながら聞いていました。

なので「自分が何者なのか?」への回答を極める。自分っていうのはこうやって肉体で現われてるから、どうしてもこの肉体を見て自分だと思ってしまうんですけど、体が自分じゃないんです。

この体に入ってこの肉体を動かしている命が私たちです。じゃあ命が私たちだって言うんだったら、その命って一体何なんだって自分の中に問いかけるんです。

そうすれば、お一人お一人に一番ぴったりな言葉で、守護霊さまがひらめかせてくださいます。「そういうことか!」ってわかります。これは自己探求をすればそうなるんです。「自分って何なんだ?」「命って何なんだ?」「魂って何なんだ?」というように、自分の真実を思い出してゆく。

こうやって今、肉体の体の中に入って、この世で生きている人間存在としての本質を見極める時が今来ているんです。なんとなく漠然と生きていても、そうやって努力して自己探求して生きていても、同じように時間は過ぎていくんですから、どうせ同じ時間を過ごすんだったら、有意義な時間の過ごし方をみんなで出来たらいいなと思っております。

いろんな方と私、時々お話をするんですけれども、「いつまで経ってもこの肉体が自分だっていう観念を拭い去ることができない」っていう方がいらっしゃるんですね。で、それを「良くないことだ」って思って、自分を責めてしまう。自分を責めたら泥沼に入ってしまうんです。だからそういう善なる人々、善人に向けて、五井先生は、「自分を赦し人を赦し、自分を愛し人を愛す」と、「自分」を先に持ってきて、私たちが自分自身の意識変革を先に行なえるように導いてくださったんです。

さっき他人との関わり合いの中で、他人の言動行為にいちいち引っかかってしまうケースの話をしましたけれども、これも自分を見つめて見つめて見つめて見つめて見つめて見つめて見つめて見つめて見つめて見つめて見つめ抜いてゆくと「他人がどうだからこうだって思ってるんじゃなかったんだな」というふうに、本質的なところに気が付くことができます。

人のことをいいだの悪いだの好きだの嫌いだのって言ってる、その想いの原因は、自分が自分にやってることを他人に映し出して、ただあの人がいいだの悪いだの好きだの嫌いだのって思ってるだけなんです。他人(ひと)のせいじゃないんです。

この話をすると、真剣に喋っている私の横で笑っている私がいるんです。クスクスクスクスと笑っている私がいるんです。なんで私の中で笑っている私がいるかというと、私、他人のことを悪く言う天才だったんです。不平不満不足の想いを語らせたら、世界で5本指か10本指に入るんじゃないかっていうぐらい、まあまあなんて言うんですか、文句だの悪口だのなんだのかんだのを垂れ流し続けてきた人間なんですね。

そういう人間がこんな話をしてるものですから、中でもう一人の私がクスクスクスクスって笑ってるんです。笑いの想いがコップの中の水だとしたら、そこから溢れてくるようになったら、表面の私が真面目に喋ってられなくなっちゃうんです。

自分がそれをやってきたから、他人のことを悪く思いたい方々の気持ちが、私には手に取るように分かるんです。それで散々苦しんできたんです。苦しんできたって言ったって、「それはかわいそうにね」って話じゃないんです。自分で自分の首絞めていただけですから。それは通り過ぎたから言えるんです。通り過ぎてなかったら言えないんですね。

うちの人は、私の不平不満の塊(かたまり)時代の後半を見てるんですけれども、ときどき「まーちゃん、あの頃はひどかったよね」って言うんです。たまーに忘れた頃に言うんです。

もし今の私があの時と同じ精神状態で生きているなら、これはもうそう言われた時点でカチーンときて口喧嘩になっちゃうようなところなんですけれども、幸いなことにあの時の自分は記憶の中にはおぼろげに残っているけれども、今の自分そのものではないので、「本当にひどかったよね、アッハッハッハ」って一緒になって笑っています。

でも今この瞬間、笑えないで苦しんでいる方がいらっしゃるんです。そういう人たちも、時が満ちればそういう段階を卒業して、そういうことをやっていた自分を客観的に見て、「ああ、幼かったな」って思えるようになります。そういう時が来ます。

私、時々ほかの人から聞くのは、人数はそんなに多くないんですけど、いまだに「私なんて」っていう方がいらっしゃる。たとえば、「私は病気だから」「私は歩けないから」「私は歳をとっているから」という理由で何かをあきらめてしまう。

それは命の自分、本当の自分、光の自分の側に立ってみれば、命を活かしていない、もったいない状態だと思います。今片手が使えなくたって、今歩けなくたって、今寝たきりだって、できることはあります。「ご自分の天命は何なのかということを、ぜひ皆様、言語化してみてください」って真妃先生がおっしゃった、あの言葉を自分に向けるんです。できることがあるんです。

もっと究極の話をすると、私たちは自分の自発的な意思で世界平和の祈り、消えてゆく姿で世界平和の祈りをしたり、「印を組もう」って思って印を組んだり、「今日は時間があるからマンダラを書いてみようか」と思ってマンダラを書いてみたり、いろいろやってらっしゃると思います。仮にそういうことができなくても、「あなたたちは生きてるだけで世界人類の役に立っている」というお話を聞いたことがあると思います。

ただ肉体に存在して呼吸をしている、それだけで世界に光を放っている。どうしてそんな現象が起こるかといいますと、私たちの心と体には、長年の世界平和の祈り、もしくは印による光が充満しているんです。光が溜まっているんです、私たちの中に。別な言葉で言えばそれを「徳」という言葉で表現することもできるかもしれません。

なので、「私は寝てるしかできなくて、他に何もできないんだよね」っていう方がいらっしゃっても、ただ生きてるだけで、地球を平和にする働きをしているという言い方ができます。

でも今、体が動く方、お元気な方は、能動的にご自分の想念・言動・行為に神聖を表現して、明るく前向きで楽観的に生きている私たちを表現して、みんなで一緒に地球の未来を切り開いてゆきたいと思います。

『地球の未来を切り開く力』というのは、何も政治家にならなければそれができないとか、有名な影響力のある人にならなきゃそれができないとか、そういう問題じゃないんですね。私たちの普通の日常生活の一瞬一瞬の意識の用い方で、その一瞬一瞬の想念・言葉・行為によって、地球に良い影響、素晴らしい影響、人類を励ます影響、人類の心に前向きな気持ちを呼び起こす影響、神聖に興味を抱こうという気持ちを呼び起こす影響を与えることができます。

そしてこの影響力というのは、1人よりも2人、2人よりも3人、3人よりも4人、4人よりも5人、10人、15人、20人、40人、60人、80人、100人、500人、1000人、2000人、3000人、7000人、1万人って、どんどんどんどんそういう生き方をしている人たちが増えていけば増えていくほど、人類に大きな影響を与えることができます。

最新の電話メッセージの一番最後の方のお話で、「私は意識体として魂として皆様を見守っています。皆様はまだまだ生きられるから頑張ってくださいね」っていうお言葉がありました。これを五井の大神さまの側から見ると、一人でも肉体に生きている同志、世界平和の祈りを祈れる人を減らしたくないというのが、五井先生のお心なんだと思います。

でも五井先生は強制をしないんです。「そんなこと言われても、五井先生がお迎えに来てくれるんだったら、私は早くあちらの世界に帰りたいわよ」という人もいるんです。そういう方は、ご自分の望み通りの人生になると思います。そのことがいいとか悪いとか、そういう問題じゃないんです。

だけどそういう個人個人の考えっていうのは別にして、五井の大神さまは、世界平和を祈っている人は一人でも多くこの世にまだ残っていてもらいたいっていうふうに思われています。それは寝たきりの人でも、五井先生は神々の光を通す器として使ってくださっているからです。

「自分には何もできない」って思うのは、自分っていうものを「この体が自分なんだ」って思ってる想いがそう思っているだけで、命の光としての自分から見れば、五井の大神さまの言っている話がよくわかるのです。

私たちは寝ていても光を放っている。何もしてないで昼下がりにワイドショーとかドラマを見ていてさえも光を放っている。どんな時でも私たちは、救世の大光明の光を放つ媒体として存在しているんです。

だからこの「自意識」ですね、自意識を脱皮させる、自意識の殻を剥く。由佳先生は玉ねぎの例えで、「ペロンペロンペロンって剥いていったら芯があるでしょ。それが神聖よ」って話をされますけれども、虫などの「変態」という言葉がありますね。さなぎが蝶になるとか。私たちが今体験しつつあるのは、そういうさなぎが蝶になるぐらいな劇的な変化なんです。

肉体の私たちを見たら、「この人神さまなのかしら?」って思われるかもしれないけど、中身は神々の光を通すものすごい働きをしている。神々の側から見れば、地上のこの世の重要な拠点が私たちの肉体なんです。肉体そのものが私たちではないのです。私たちの本当の意識もこの肉体に宿って、この肉体を使って生きている。神々様も私たちの肉体に宿って、私たちのこの体を使って生きている。

私たちの肉体を使っているのは、私たちの魂意識だけじゃないんです。神々も宇宙天使も私たちの体を使うんです。というか、使いたいんです。使いたいけれど、使わせてくれる人が少ないんです。我が我が我が我が、自分が自分の自分で自分に、そういうことばっかり思っている人の体は、「この子は世界平和を祈ってるんだけど、自分のことばっかり考えてるんだよね。もうちょっと自我が薄まってくれれば使えるんだけどね」っていう話になる。

神々様とか宇宙天使の方々と私たちは本当は一つなんです。本当は一つだということは、自分が肉体だという観念が薄まれば薄まるほど分かってくるんです。使われていることを自覚できるようになります。

結局のところ、「Who am I?」を極めるという話になってくるんですね。「自分が何者なのか?」というところで、「私は神聖の存在である」であると思えるようになる。そして、「神聖の存在って何なんだ?」っていうところで、「宇宙を作った大元の命の根源の系統の存在だ」とか、いろんな言い方、表現の仕方があると思うんですけれども、そういうふうに「自分って何なんだ?」っていう質問に対する答えを、いろいろな言葉で表現できるようになってくると、それは例えば――これはパソコンのマウスなんですけど――このマウスを上からだけ見ているんじゃなくて、いろんな言葉で表現できるっていうのは、下から見たり上から見たり左から見たり右から見たり裏側を見たり、もしくは中を見たりとかっていう、いろいろな角度から見ると、いろんな表現が出来るということになります。

自分の命を、神聖というものを、いろいろな角度から見るんです。そうすれば自分が神聖の存在であって、「この肉体が自分ではない」ということは、もう自信を持つとか信念を持つとか確信を持っているなんていう段階をはるかに飛び越えて、「当たり前じゃないの」っていうところにゆくんです。「神聖なのは当たり前でしょ、何を今さら」っていうところにゆくんです。

心を正直に見つめることです。表面の自分が「私は神の子だ」って思っていても、潜在意識の自分がそれを否定している場合があるんです。私はそれを心の奥の暗闇の中にある想い(消えてゆく姿)って言ってるんですけれども、それは守護霊さまが表わして消してくださっている状態なんです。それがポンと表面に出てきて、初めて気が付く。「神聖復活してたと思ったのに、また自分にこんな想いがあるの?」ってびっくりする時があるんですね。

心を正直に見つめている人は、そういうふうに気が付くことができるんです。そもそも「自分は肉体の存在だ」と思っている人は、そういう気付きを得ることができない。だからもう自己認識を、「私は宇宙の光のひとしずくを持って生きている存在なんだ」とか「神の分霊なんだ」とか「神さまの子供なんだ」とか、言葉は何でもいいんですけれども、『本当の事実をつかんで生きる』ということをおすすめします。

ご自分にぴったりな納得のいく表現の『神聖』というのがあるんです。みんなと同じ言葉を使わなくてもいいんです。自分が納得のゆくように、命の本質の姿を言語化するんです。そうすることによって、「神聖が当たり前だ」という意識が、知らない間により確かなものに変わっていきます。

もう本当に近い将来、「あっという間だったね」ってきっと、その時になったらみんな口々に言うと思うんですけど、地球は大きく変わります。その原動力こそが、今この瞬間を生きている私たちです。別に勉強会に出てる人だけってことじゃなくて、世界平和の祈りを世界中でしている方々なんです。そういう人たちの肉体を通して、宇宙天使の人たちも地球界の神霊の人たちも応援の光を流してくださっているんですね。

世界平和を祈れる人がいなかったら、そういうこともできないんだけど、幸いなことに地球上に会員さんは何千人しかいないかもしれないですけど、会員じゃなくても世界平和の祈りをしているという人は何万人もいらっしゃると思います。

そういう方々の体を使って、他の星の人々も、地球界の神々も、この太陽系銀河の末っ子である地球の次元上昇を促進して、地球界を宇宙の星々に仲間入りができるように導いてくださっています。

私たちは、そういう宇宙的な惑星開発の活動に参画してるのです。「見えも聞こえもしないから、いやーそんなの信じられない」って思うかもしれないんですけど、見えも聞こえもする時代になったら納得のいく話なんです。

だから見えも聞こえもしないうちからそういうことを信じて、神々や宇宙天使の人たちと一緒に働ける人たちの存在というのは、向こうからしたらとっても貴重な人たち、貴重品なんですね。

私たちは神々や宇宙天使から貴重品扱いをされているんです。貴重品扱いされているということは、世界平和の祈りをしない人たちと見比べた場合に、護られ方が尋常じゃない護られ方をして生きているんです、我々は。

それが自覚的に思われてくる時が、もう間もなくやってくると思います。ということで神聖復活の印を最後にまた一回組んで、終わりにしたいと思います。

<神聖復活の印を一回>

はい、ありがとうございます。それでは本日の勉強会はこれで終わりにしたいと思います。ゴールデンウィーク、お孫さん方がお家に来てバタバタするとか色々あると思いますけど、お忙しい中、ご参加くださりありがとうございました。それでは皆様のマイクをオンにします。

<バイバイタイム>

ありがとうございました。それでは5月2日の勉強会はこれで終わりにいたします。皆さま、ご参加、ありがとうございました。ありがとうございました。