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260221_日本語版_神聖開発勉強会.pdf
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当日のお話
皆様、こんにちは。2月21日、土曜日の勉強会を始めます。はじめに、初めに統一を10分ほど行います。
<世界平和の祈り(数分)>
ごめんなさい。何か今日は、画面共有が途中で停止状態になってました。これで終わりますね。また後でやると思います。
私達が毎日生活をしていて、一番大切なことっていうのは、日常生活をしている中で、心がぶれず、いつも安定した心であることです。
例えば上機嫌と不機嫌を行ったり来たりしない。いつも上機嫌。もしくは、いつでも、どんなことにも「ありがたいな」と思える。
「楽しいな」「嬉しいな」「ありがたいな」ということを、高揚感を感じてやるんじゃなくて、自然とフツフツと湧いてくるように、そう思える心で居続けられることが一番大切なことです。
そういう自分になるためのいろいろなやり方がありますが、自分をよーく観察していると、感情が乱れる時に何が起こっているかを見ると呼吸が浅くなっている。心に余裕がない状態の根底に、どういうときでも共通してその状態(呼吸の浅さ)がある事を見て取ることができます。
「呼吸をゆったりとした状態で持続することが大切なんです」という話もしてきました。それでも、心に余裕がない、ゆとりがない時に、やっぱり人というのは不機嫌になりがちです。
例えば、他人から同じ言葉を投げかけられても、それをいいふうに受け取るか、自分が責められているように受け取るかというのは、自分の中の問題なんですね。
相手がいいでも悪いでもない。自分の中が調ってるか調ってないかによって、相手の何気ない同じ言葉が自分の感情をかき乱したり、そうならずに普通に受け止められたりするという違いが起こります。
心にゆとりがない状態を私達が克服してゆくために、一番手っ取り早い方法は、どんなことにも感謝をして過ごすという生き方を練習することです。
「練習する」という言い方をするのは、いきなり出来る人はいないからです。
どんな時も、どんな人にも「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」ってやってごらんなさいって言われて、それをすぐにできる人は、そうそうはいないと思うんですね。
なのでやっぱり、練習から始まる。
私が守護神様から言われたことは、「心の中でどんなことを思っていてもいいから、顔はにこやかに、声は柔らかく」と言われました。
それを言われた当時、まだひねくれ者だった私がなぜあの時、素直にその言葉を受け入れて実行したのだろうというところを振り返りますと、「心の中で何を思っててもいいから、表面だけでやればいい」って言われて、「それだったらできるな」って思ったんです。
そのように、2010年の(秋の)時点から、「ありがとうございます」「ありがとうございます」っていうように、ホントになんて言うんですかね、馬鹿になったかのように、感謝ばっかりして過ごすっていうことを3年ぐらい続けて、2013年に入ってからは、「嫌いな人がいなくなった」「苦手な人もいなくなった」という経験をして、その後に(人だけではなく)どんなことにも感謝するという練習の段階に入ったんです。
そういう感謝の練習をし続けていると、私達の心は知らない間に広く大きくなってゆきます。「心の幅」というか、「心の大きさ」というか、その範囲が広がるんです。
2月11日の大井町きゅりあんでの話を聞いた方も聞いてない方もいらっしゃると思いますが、あのときにお話ししたのは、「この肉体に生きてる間に自分の意識を地球大に広げることを目標にやってゆくのがいい」という話をしました。
あの場では「霊体を広げる」という言い方はしないで、意識を広げるって言いました。でも、感謝一念の日常生活を送り続けてると、私達の霊体が大きくなるんです。(それが真実です)
霊体が大きくなるっていうのは、例えば町内会ぐらいの大きさにまで霊体が広がったら、自分の町の町内会の中に住んでる人達は、全部自分の中の住人になるんです。
日本国を包み込むぐらいの霊体になったら、日本に住んでる人達は全部自分の中の住人になるんです。
そういうふうに、小さな範囲から少しずつ身長百何十センチ、体重何十キロの「この体が自分なんだ」っていうところからスタートして、少しずつ「これが自分だ」と思う範囲を広げてゆく。
たとえば今、リビングにいるんだったら、このリビングが全部私なんだ。おうち全体が自分なんだ。町内が全部自分なんだ、この都道府県が全部自分なんだ。日本国が自分なんだというふうに練習をやってゆきますと、アジアが自分、地球が自分、月も含めた地球の波動圏が自分だというように、自分の意識の及ぶ範囲、即ち霊体で包み込む範囲が広がってゆきます。
そうすると、何者にも犯されることのない私達に知らない間になってゆく。
このように、「意識を拡大する」「霊体を大きくする」ということは、拡大・拡大・拡大っていうふうに『拡大志向』では考えない方がいいと思います。
2月11日に一緒にいらした森谷明子さんがおっしゃったように、「ミクロからマクロ」「マクロからミクロ」というように、意識を大きくしたり小さくしたりっていうことを、日常の中でやることが効果的です。
いわゆる「大きくなったら大きくなったまんま」じゃなくって、地球大の自分だったのが、突然肉体の自分に帰っても普通にしていられる。それが急に、日本国全体に広がっても普通にしていられるっていうふうに、ミクロからマクロ、マクロからミクロに、交互に意識の範囲を大きくしたり小さくしたりっていうことを、日常の中で練習してゆきますと、どういう状況の中にあっても心が揺れ動かなくなくなります。
それは、不動心という言葉で表現される意識状態に入るということです。そうなると、全部が自分になる。広がった範囲内の全部が自分だということになる。
そうなると、自分が生きている世界には、偉い人も偉くない人もいない。賢い人と賢くない人っていう区別もない。全部自分なんですから、それをわざわざ分けて考える必要がない。
だけれども、現実の私達の意識に戻って考えてみると、誰か他人の言った言葉が引き金になって、突然自分の感情が乱れるとかっていう経験は結構多くの方がなさっていることだと思います。
今ここにいらっしゃる方の中では、ごくごくごくごく一部の方が、「もうそういうのは卒業したわ」っていう状態になっていらっしゃいます。
でも、ほとんどの人は、誰かから面白くないことを言われれば、不愉快な気分になりカチンときて言い返してみたりとかっていうことを生活の中でやってきた。
それが今までの私達の生き方だったんですけど、もうそろそろそういう生き方を卒業するときが近づいております。
もう本当に、もう間もなく、今までの生き方を続けていたら、それ以上生きてゆけない、立ちゆかない世界になる。
「よく輝かしい未来が来るんですよ」とか、希望を持たせられるようなお話を聞くこともあるんですけれども。そういう輝かしい未来に一気に行くことはないんですね。
その途中段階があるわけです。
「汽水域の時代」って言い方をしますけれども、例えば私達が川を下って大海原に出てゆく鮭みたいなお魚さんだとしたら、今は「真水と海水」「古い価値観と新しい価値観」が同時存在している時代に生きてるんです。
けれども、もうすぐ今までの生ぬるい水がない「海水だけの世界」、いわゆる大調和した宇宙社会に仲間入りを果たすときが来るんですね。
そうすると宇宙社会っていうのは、神霊文明の社会ですから、私達も当然それと同じ波長になっていかなかったら、仲間に加わることができない。けれども、それは心配しなくてもできるようになっています。
大事なのは、こちら側で生きてる私達自身の意識なんですね。応援してくれてる存在はいっぱいいるんです。
例えば、1人の人間が生きてるだけで指導霊・副守護霊・正守護霊・守護神と数えたら、大体7人ぐらいの人が人間1人の背後にいらっしゃる。
だから、その見方で見れば、今ここにも何百人の人がいるっていう話なんですけれども、それプラスご先祖の方々ですとか、私達の仲間で先に天国へ帰った方とかが神々の姿になって救世の大光明霊団の中で地球を救うために働いていらっしゃる。
それから他の星の宇宙人の人達も、「今地球が滅びちゃったら大変だから」っていうことで、サポートに来てくださっている。
そのように私達の周囲には、たくさんの見守る眼があるんですけれども、でも一番大切なのは地球に住んでいる私達の意識が独り立ちすることなんですね。
「今まで自分が働きもしないで親のお世話になって生きてた立場の人が家を出て社会人になる」っていうような独り立ちの時期、その間際のときに今、私達は生きているわけです。
それに、21世紀に入る前ぐらいから言われてましたけど、21世紀っていうのは、「魂の自立の時代」なんだっていう話がいろんなところから出ておりました。(21世紀を20数年生きてみて)実際にそうだと思います。
で、今ここで、「魂を自立させるってどういうことなんだろうな?」って少し考えてみてください。
(※考える時間)
皆さん、いろいろな答えを思い浮かべていると思います。今までの私達は、自分の二本足でまともに立って歩けないような、もう小さな赤ちゃんだった。それがよちよち歩きになり、よちよち歩きが二本足でしっかりと歩けるようになり、言葉を喋れるようになりっていうふうにして、幼稚園・保育園、小学校、中学校って進んでいって、高校とか大学とかの後に社会人になるという道を歩む。(そのようにして大人になってゆく)
そして、自分の言動行為に責任を取ることができる。大切な決断は他人に相談したとしても自分で下すことができる。何事も他人のせいにしない。常に希望を持って生きている。どんなことにも感謝できる。
こうやって挙げていったらキリがないんですけれども、魂が自立するっていうのは、神聖を発揮していける状態になるという一言に集約して言い表すことができると思います。
「そうか、神聖を顕わしていければいいんだ」ってわかったからすぐできるかといったらそういうもんじゃあないっていうことも、皆様もよーくおわかりのことだと思います。
想念習慣があるからです。想いの癖があるんです。「こういうふうにしたらいい」ってわかってるのにできない。
生真面目な人はそこで自分を追い込むんです。追い込んだらどうなるか、心の糸が切れちゃうんですね。だから、何事も過ぎたるは及ばざるがごとしで、やりすぎはいけないっていうことなんですね。
だけど、何もしないのはもっとよろしくない。頑張るんだけれども、ほどほどにバランスを考えてやる。
ちょっと話が脱線しますけれども、今日の午前中のニュースで、日本国内のニュースで、30歳前後のお母さんが生まれて間もない子供を殺してしまったというニュースが流れていた。
そうなる前に、誰かに相談できたなら、もしくは赤ちゃんポストとかいうのがあるんだそうですが、そういうところにお願いするとか、「何かやれたらそんなふうに自分の子を殺さなくても済んだのにな」って思いながらそのニュースを見ていました。
そのお母さんは子供3人がいたということですから、育児で精神的に追い込まれてたんだと思います。決して子供が憎いわけでも何でもない。(それでも心を追いつめるとそういうことをしてしまうことがある)
人間というのは、何が良いことで何か悪いことだっていうことは、本当に発狂でもしてない限りは、ほとんどの人がわかってるんですね。
こんなスピリチュアルだの宗教だのって興味のない人だってわかってるんです。何が良くて何が良くないのか。
だけどわかっているということと、それをやってるかやってないかっていうことは別問題になってくるんですね。
わかってても道を踏み外す。わかってても真理に反した行動をしてしまう。
私達には『消えてゆく姿』という言葉がありますから、自分を責めて追い込んだりしないで、守護霊・守護神に消していただくという道があります。
けれども、この『消えてゆく姿で世界平和の祈り』というのは、自分で「これは消えてゆく姿なんだな」って思えなかったら、消えてゆく姿にならないんです。
大雑把な消えてゆく姿、大きな掃除は守護霊・守護神がしてくださるんですけど、心のひだに入り込んでみなきゃわからないような、消えてゆく姿というのは、本人が自分で気がつかないと消えてゆく姿にならない。
「悪い」って思わなかったら直しようがないっていうのと一緒です。
で、この勉強会でずっと言ってきたのは、「他人に感じる想いを自分に向け直すのがいいんです」という言い方をしてきました。
「他人は鏡だ」って言い方あるんですけど、他人そのものが鏡ではない。
その目の前の相手に感じる想いが、自分の中身を映し出した想いだということなんです。だから、他人に感じる想いが鏡だということになります。
そういうふうにして、自分の想いの動き、心の動きを観察してゆくと、「これは消えてゆく姿なんだな」「こうやって消えてゆく姿だって気づかせてくださってありがとうございます」って、守護霊・守護神に消えてゆく姿の想いの癖を明け渡すことができるんですね。
本当にこれを繰り返し繰り返しやってゆくと心が軽くなる。
「守護霊様、ありがとうございます。ありがとうございます」って四六時中やってみてくださいっていうお話もしましたけれども、難しいことを考えないで、ただひたすら「ありがとうございます」「ありがとうございます」だけで、ずっと何週間も過ごしてると、自分の精神細胞と肉体細胞が大きく入れ替わって、肉体の細胞さん一つ一つを見ても「感謝」「感謝」「感謝」「感謝」「感謝」、心の細胞一つ一つ見ていっても、「感謝」「感謝」「感謝」「感謝」「感謝」というように、みんな感謝の印のついた細胞さんに知らない間に変わっていくんですね。
そうするともうたった数週間で、自分の心のあり方が根底から入れ替わることになるんです。
でもそれは、他のこと考えないで、「ありがとう」一辺倒だっていうぐらいにやり込んだときの話です。
大抵の場合は、そうじゃない想いも中間に挟んでやりますから、もっと時間がかかると思います。
でも、やり続ければ何ヶ月かのうちには必ず変わっている自分を発見する。「あれ、前だったらこういう反応してたのに、今何にも心が乱れてない」っていうふうに、自分の心の変化に気がつくときが来ます。
もう既にそうなっていらっしゃる方は、その境地をもっともっとも深めていかれたらいいと思うんですけれども、これからもうちょっとでその境地にゆかれる方は、そういうふうにやってみたらいいと思います。
いつも言うんですけど、こういうことをやる上でのモチベーションっていうのは、二元対立の願望じゃ駄目なんですね。
二元対立の願望っていうのは、ちょっとしたことで反対側にひっくり返るような想いのことです。
ちょっとしたことでひっくり返る想いで一番わかりやすいのは、「好きよ、好きよ、大好きよ」って言ってる人が、何か気に入らないことあったら「大嫌い!」とか言っちゃうようなそういう状態ですね。
それは二元対立の想念のうごめきに過ぎないんです。
「それは本当の私達ではない」ということをはっきり腹の底から理解して、世界平和の祈りをしながら、「ああ、これは消えてゆく姿だ。すべては完璧、大成就」っていうふうにやっていったらいいと思います。
今1時39分なんで、もう1回統一をしたいと思います。さっきは10分やれなかったんでもう1回同じようにしましょうか?
<世界平和の祈り(数分)>
ありがとうございます。なんかね、今日はちょっと統一のプレーヤーの調子が悪いんですかね。後で見ておきます。
心を磨き高め上げる。「もう自分はできてるよ」なんて思ってみても、例えばお風呂に入らないで過ごしてたら知らない間に垢まみれになるように、心の中にもカルマ・業想念というものが溜まってゆきます。
ですから、私達は生きてる間中、本当にお風呂に入るかのように、心を綺麗にする、心をクリーニングするっていうことを怠ってはいけないと思うんですね。
そうですね、私がいつも思うのは「うぬぼれちゃいけないよ」っていうことを自分に対していつも思って、気を引き締めております。
こういうふうなことをやっていると、周りの人がただただ褒めてくださるんです。誰もが褒めてくださって、心に隙のある状態だったら天狗になってもおかしくないんじゃないかなって思うんですけど、天狗さんにはなれないような性質を持ってるんで「ありがたいな」と思ってるんです。
「常に謙虚に自分を見つめ直して生きてゆく」っていうことをやっていると、なかなか自分は変わらないなって思う時間もあると思います。でも、そういう時間が終わったらスッと引き上げてもらえるときがあるんですね。
そういう経験を何度も何度もしていると、「今自分はあんまり成長してないな」って思えるけれども、コツコツコツコツやってゆけば、「またグッと引き上げてもらえるときが来るんだ」っていうことを体験してますから、そのことで考え込んだりしなくなっていくんです。
「本当に一気に最高級の立派なところへ行ければいいのにな」というな、ないものねだりをしながらでも、実際には本当に階段を一歩一歩登るように(それは螺旋階段状になってるんですけれども)回りながら登っていくっていう状態です。
そうやって毎日毎日、自分を磨き高め上げるという生活をしてゆくと、「どうなりたい」「こうなりたい」とか思わなくっても、なんか「こんな幸せでいいのかしら」っていうことが、もう次から次へと起こって来る。
同じような体験してる方はいっぱいいると思います。
そういう体験の場をもっともっと広げてゆけたらいいなって思うんですね。
そしたらですね、神聖復活の印を1回組んで休憩に入ります。はい。ありがとうございます。
<10分間休憩>
はい、ありがとうございます。それでは画面共有にします。2時2分まで休憩にします。今、多分私しか出てないと思うんですけど、気になる方はご自分のビデオをオフにして休憩に入ってください。
<10分間休憩>
はい。それでは後半を始めます。ちょっと呼吸のやり方とか、統一のときの意識の使い方とかのお話をしていきたいんですけれども、まず呼吸ですね。
呼吸に特化してお話をしますと、さっき出てた画面共有、とりあえず上の二つは置いておいて、まずはここですね、臍下丹田、おへその下10センチくらいって言われている場所です。
呼吸をするときに、私は自分でやって効果的だなって思うのは、自分の肺の底が、この辺(みぞおち)じゃなくって、ここまで、この丹田のところまで肺が大きくなって、もう「胴体ほとんどが肺だ」みたいなイメージで、ずっと息をおへその下まで息を入れて、それをまたゆっくりと吐き出していくっていうやり方をしますと、息が続くようになります。
それで吸う息、吐く息ってあるんですけれども、注意するのは、吐く息をゆっくりと、少しずつゆっくりと長く吐くということを心がけるということです。そうすると、霊要素がたくさん入って来ると言われてますね。
『息を吐くとき』に霊的なエネルギーがたくさん自分の中に入ってくるんです。
『息を吸うとき』はどうかといいますと、本当に吐き切りますと、「息を吸おう」って思わなくても、スーっと入って来るんです。
それで、スーッと入ってくるのに任せておいて、最後の吸い切るときにだけ、吸う息に意識を向けて、スーッともう肺の中全部に酸素がゆき渡っている状態にしてあげるっていうやり方をするのがいいと思っております。
自分1人でやるときは『途中で止める時間』はあってもなくてもいいと思うんですけれども、『吸う・止める・吐く』でやりたいっていう方は、全然そのやり方でいい(問題ない)と思うんですね。
私がいつも思うのは、『呼吸法』とかっていって行なうやり方よりも、『普段の日常の呼吸』がゆっくりになる方が大事だと思っております。
例えば、1日5分とか10分とか15分とか時間を決めて「私は呼吸法をやってます」と言う人より、起きている間中、ゆっくり呼吸をしてる人の方が、臍下丹田に普段の意識の中心が収まってることが多いんですね。
たまに呼吸法をやるより、一日中呼吸をゆっくりするっていうことを心がけている人の方が、意識の中心が臍下丹田に収まって心が安定しているっていう状態になっております。
なので、たまに特別な呼吸法をやるのもいいんですけれども、もう起きてる間中、ゆったりとした呼吸を意識して心がけて行なうっていうふうにしてゆくといいと思います。
目を閉じることについては、そうですね、目を閉じてやるときは、ここですね、上丹田、上の丹田って書いていますけど、眉間のここを閉じた眼球で見て、眉間のここに一点集中するんですね。
ジーッと眼を閉じた状態で見ている。何にも見えなくていいんです。ジーッとここに集中する。眼はここに集中しておく。閉じたまぶたの裏側の眼球は、ここを見ているような感じにしておく。
ごくたまに、ここの集中して見ている眉間の位置に、エメラルドグリーンだとか紫だとかピンク色だとかの光が見えてくることがあるかもしれませんが、あんまり気にしないほうがいいと思います。
そういうふうに呼吸をゆっくりとする練習をやってゆきますと、肉体細胞さんの新陳代謝が促進されることはもちろんのことですが、精神細胞、心の細胞もたくさん新陳代謝されるようになります。
なので、呼吸をゆっくりするというのは、いいことしかないですね。
椅子に座って眼を閉じて統一するとか、もしくは正座してとか、結跏趺坐(けっかふざ)、半跏趺坐(はんかふざ)とか、何か特別な座り方する人もいるかもしれないですけれども、どういう形で統一するにしても、肺をフル活用する。
そのためには、ゆっくり呼吸を始める前に、肺の中に残ってる空気を出し切ってからスタートすると、その後のゆったり呼吸がやりやすくなります。
普段の呼吸が浅くなりがちな方っていうのは、肺の底の方に外へ出てゆかないで溜め込んでる空気が残ってるんですね。
それを最初に吐き切ってから、ゆったり呼吸を始めると、肺の容量をフル活用して呼吸ができるようになりますので、そのようにやってみてください。
それで例えば統一とか瞑想とかって、例えば「統一CDを使わないで瞑想する」というときもあると思うんですけれども、そういうときに『言葉のエネルギー』を使って深い境地に入ってゆく。
もちろんゆったりとした呼吸がベースにあっての話ですけれども、言葉の力で深い意識に自分を導くというやり方があります。
そのときの言葉っていうのは白光で言われている言葉を使われてもいいですし、それを自分でアレンジしてなさってもいいと思うんですけど、例えば「世界人類が平和でありますように」で吸って、「成就」で止めて、「人類皆即神也」って吐くやり方でも、どんなやり方でもいいと思うんです。
光の言葉・真理の言葉・神聖の言葉であるならば、その組み合わせで無限なる何とか、無限なる何とかといってもいいと思いますし、その言葉が光の言葉・真理の言葉・神聖の言葉であるならば、その言葉を自分が発することによって、自分の意識がその言葉が出てきた元の世界へ入っていくんですね。
なので、やっぱり「世界人類が平和でありますように」っていうのが命の一番源から出てきた言葉なんで、一番パワフルなのかなと思うんですけれども、でも、それをどうするかっていうのは、もう1人1人の自由なので、ご自分の中からこういう言葉でやったらいいんじゃないかってひらめいたら、その言葉でやっていいと思います。
そのときに一本調子でやるよりは、リズムを変えてやるっていうのが、結構効果的だなと思っております。
例えば、今言った「世界人類が平和でありますように」で吸うんだったら、それをもうちょっとゆっくりなリズムにしたら、もうちょっと吸う時間も長くなったりとか、この同じ言葉を吐くときに使うんだったら「世界人類が平和でありますように、世界人類が平和でありますように、世界人類が平和でありますように」で吐いてたんだとしたら、それをせーかーいーじーんーって、一言一言を伸ばしてやるとかっていうのも結構効果のある方法だと思います。
これは何も目を閉じてやっているときだけの話ではなく、道を歩きながらでも使えるやり方になります。
道を歩きながらゆっくりと吸う・吐くの中で、吸うだけでその言葉を言おうとか、吐くだけで言おうとかじゃなく、言葉の途中で吸い切って、言葉の途中から吐き切りまでを同じ言葉の後半を入れるとかいうことでもいいと思うんですけど、心の中でゆっくりと言葉を発しながら、ゆったりとした呼吸のリズムと合わせて行なうと、その言霊の響きの中に自分の意識が入ってゆくんですね。
だから、吸うときにせーかーいーじーんーって、ここまでで吸ったとしたら、るーいーがーへーいーわーでーあーりーまーすーよーうーにーって最後までいかなかったら、もう次の吸うに繰り越していいと思うんですけれども、「こうしなきゃいけない」ってあんまり頑なに思わないで、もうちょっと自由にやってみると、言葉の力というものをまざまざと感じることになると思います。
例えば「すべては完璧、欠けたるものなし、大成就」でも、「欠けたるものなし」をカットして、「すべては完璧」で吸って「大成就」で吐くとか、なんかいろいろなパターンを自分で編み出して、歩いてるときも、寝てるときも、座ってるときも思い出して、そういうことをやってゆく。
そういうやり方を自分の生活の中に取り入れてゆくと、意識が本当に安定してきます。
もう既に安定されてる方は、こういう話を聞かなくてもいいと思うんですけれども、前にチャクラのお話をしたことがありましたかね。
(画面共有する)これですね。こんなカタカナの名前は覚えても覚えなくてもどっちでもいいと思うんですけど、私は単純に一番目のチャクラとか六番目のチャクラとかって言い方を普段しております。
けれども、これはチャクラという臓器が体の中にあるわけではないということは、もう皆様もご存知だと思うのですが、霊的なエネルギーの中継センターみたいなところが、体の中のこういう部分に該当しているということですね。
例えばこの間聞いた話では、「ありがとうございます。ありがとうございます」ってずっとやっていたら、「胸のチャクラが開くのを感じました」っていう方もいらっしゃったんですけれども、「自分は感じない」っていう人もいるから、こういう目に見えない世界の話をするのは難しいんです。
けれども、こういうエネルギーの中継センターがあるんだなっていうことは覚えておいて損はないと思います。今の段階では、詳しくは知らなくてもいいと思います。
やがて身をもってみんなが知るときが来ると思いますので、そのときが来ればわかるんだから今、先駆けて知りたいとか、そういうのは自分の欲得の想いですから、あんまりそういうことに執着しないで、ただ「そういうのがあるんだな」ぐらいな感じで思っておられたらいいと思います。
この2026年という年は、表面的に言えば、日本が世界を本当にリードしていかなきゃゆけない時代なんですけれども、例えばそれを政治なんかの動きと絡めてみると、全然日本って世界の中心国でも何でもないじゃないって思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、日本が世界の中心というのは物質的な意味での中心ではないんですね。
日本という国の存在意義というか、存在価値というか、そういうのはこの日本という国名に表れている。日(ひ)と書いて、本(もと)と書く。この国名に表れている通り、命の大元とこの世を繋ぐ役割を日本人は持っております。
それが日本語という言語に表れているんですね。
この話は以前、しばらく前の勉強会でも1回したことがあるような気がするんですけれども、世界には4000だか5000だかっていう言語があるんだそうです。
4000種類か5000種類、私の記憶が間違っているかもしれません。もしかしたら、一万何千種類とかかも知れませんけれど、そういうたくさんある言語の中で、日本語というのはものすごく特殊な言語なんですね。
逆な言い方をすれば、日本語以外の全ての言葉・言語は、「人と人がコミュニケーションをとるためにつくられた言葉」なんです。
「じゃあ、日本語は何なの?」っていうことなんですけれど、日本語は宇宙を創った命の源の発した言葉にいちばん近い言語、いわゆる『創造の言語』なんです。
日本語というのは、創造するための言葉なんです。今は外国と同じように「コミュニケーションの道具だ」って思っている人がほとんどの世の中になっておりますけれども、本当は私達が使っている日本語は創造するための言葉なんです。
だから、アオウエイとか、言霊に力があるっていうふうに言われておりますね。このアオウエイという母音だけではなく、子音の入ったカサタナハマヤラワ、カキクケコ、サシスセソ、タチツテトっていう、そういう一文字一文字、一音一音にもエネルギーがある。
最近、私、しばらく読んでないから、ちょっと中身忘れたんですけど、ここにものすごく分厚い本があるんですね。ちょっと文字見づらいと思うんですけど、「言霊秘書」って書いてあります。山口志道っていう人が、もう何十年も前に、もしかしたら戦前かもしれない、だいぶ昔に書かれた本になるんですけれども、日本語の一音一音にはそれぞれのエネルギーがあるということが書いてあります。
だから、本当は日本語っていう言語は、感情に任せてしゃべる言葉じゃないんです。思慮深く使う言語なんです。
自分の発した音がどういう運命を創造するかを考えながら使うべき言葉、それが日本語という言葉になります。
一音一音に意味はあるんですけれども、私達そんな一音一音の意味を知らなくても、経験則で人を喜ばせる言葉、人を不愉快にしない言葉、みんなを喜ばせる言葉を知っている。
そういう言葉づかいっていうのは、もう経験則で身に付いていると思います。
そういう人の心を楽しませたり、人の心を喜ばせたり、優しい気持ちを呼び起こさせたり、大きな心を思い出させたりするような言葉づかいをするっていうことを心がけてゆくだけで、私達の奥に存在する守護霊・守護神が『日本語の一音一音のエネルギー』を活用して、明るい運命を創ってくださいます。
日本語を使っているっていうのは、そういう意味で本当は、ただごとではないんですね。
ただそうは言っても、日本語のそういう奥深さを忘れた人達が今の日本の多くの人になっている。
けれども、天皇陛下をはじめ、日本語の力をよくわかって、正しく日本語を発する人達がまだ日本に居ますから、そういう人達の存在を通して、これから日本語の本当の力というものが発揮される時代に入ってゆきます。
そのときに邪魔になってくるのが感情想念なんです。感情のお掃除を怠っていると、『日本語を使った宇宙創造』に参加できなくなるんですね。
だから今のうちに一切の感情想念を守護霊・守護神にお返しするということを、命をかけてやることをおすすめします。
今のうちです。もちろん今のうちっていう時期を過ぎてからやってもいいんですけど、結構つらくなります。困難を伴います。
今はまだ柔らかい優しい波の世界です。そのうちもう嘘やごまかしの通用しない世界に変わっていきます。
そうなってから頑張ろうとしてもなかなか成果が上がらないんですね。自分が何を思っても、もう他人に筒抜けですから、だんだんと居場所がなくなってゆくんです。
今、心の掃除をしておけば、その時代になってからとっても楽なんです。だって人に見られても恥ずかしくない心でいたら、他人の目を気にする必要がないですから。
また、今っていうのはそれをやりやすいときなんです。もう、こんなにやりやすいときはないだろうなっていうぐらい、やりやすい。
私が言ってる言葉が嘘だと思う方は、今すぐ死んであの世に行ってみてください。
あの世にゆけば、私の言ってることが本当のことだっていうことがわかります。
この世は、心を立派にするのにこんなにやりやすいことはないっていうほど優しい世界なんです。
例えば誰かから何か言われて「なんだ、こんちくしょう」って思っちゃったっていっても、そういうことを思っても、それでもって相手を攻撃してないんです。思っただけで済んでるんです、この世は。
あの世に行ったら、思ったら(その瞬間に)即攻撃してるんです。だから、この世はありがたいっていう話になるんですね。
でも、そのありがたいこの世があの世と同じような世界になる。
それが宇宙人の人達と交流して、いろんな星の世界を見学して学んで、地球に活用してゆくっていう新しい未来の世界になります。
でも、その未来の世界での私達っていうのは、神霊意識の私達なんです。
そこへどうやって持っていくか(そういう神霊の世界をこの世に降ろすため)っていうところで、私達が生まれてきているんです。
天に帰る時期が近い方も、まだまだ先の方も、この世でやるべきことをしっかりとやっておくと、あちらの世界に行ってからやっぱり苦労しないで済むということになります。
今の日本国は、いろいろと物価が上がって住みづらい、生きづらい世の中になってきてるような気がしなくもないんですけれども、それは一時的な現象で、今のような世界がずっと続くわけじゃないんですね。
『もうすぐ終わる世界』を私達は生きてるんです。私達の仕事っていうのは、今までの世界を綺麗に終わらせて、新しい神霊文明の時代をこの世に降ろして現わすことなんですね。
それが今の私達のやることです。本当はそのためにみんな生まれてきている。
そのことに、すでに気がついて一生懸命やってらっしゃる方も、「すっかり忘れてたわ」っていう方も、みんな本腰を入れてそのことに取り組んでゆくことになります。
こうやってお話しているこの瞬間にも、地球界全体の物質波動と精神波動の周波数が精妙になっていってます。ミクロで見た場合には、素粒子の回転数が速まっていっております。
原子や素粒子の回転数が速まるっていうのは霊化するってことなんです。
そうすると、宇宙子科学で言われてるような、まだ今の地球科学で見つかってないような素粒子のもっと奥の細かい素粒子のさらに素粒子みたいなものが今後、物理学の学者さんによって発見されていくことになります。
私達は別に発見したわけじゃないけれども、そういうのがあるんだよっていうことを聞いて、宇宙子というこの宇宙を構成する本当の最小単位の波動があるということを聞いて知っておりますね。
それから、よく食事をしないで生きられる人のことを「霞を食って生きている」なんていう方がいらっしゃるんですけれど、私達は宇宙子を補給して生きることができる。
だからいつかの富士聖地でも話がありましたけど、「人間は食べなくったって、何週間も生きられるんだ」っていう話がありましたね。私はあの話を聞いたときに、全然不思議に思わなかったんです。「そうだろうな」って思って聞いてました。
もしもそういう世界になったとしたら、守護霊・守護神の護りの力が今よりももっと強烈に働きかけてきて、私達の肉体を守ってくださいますから、「宇宙子を補給して生きる」ということも全く不思議じゃなく、現実的に行われることだと思っております。
で、そうなったときに、やっぱり役に立つのは、今こういう何事もない時代から呼吸をゆっくりする練習をしていることなんですね。
今こういう練習をしてる人は、いざというときに慌てなくて済む。自分のやってきたことが自分を守ることになる。
「自分と思ってるこの自分」にはまったくもって余裕があるから、周りの人をお助けすることができるということになるんです。
多分本当に大変な時期、本当の本当に大変な時期っていうのは、実際には数週間から数ヶ月だと思います。
それ以上になると、人間達が耐えられないんで、多分それぐらいで神々は勘弁してくださって、宇宙人の救援隊の姿をみんなが見ることになる。そういう未来が来ると思います。
そこに向けて多分ですね、もう始まってるんじゃないかなと思うんだけど、宇宙人を物質化して現わすという実験を裏でやられてると思います。
宇宙人と会えるか、会えないかっていうのは、波動が合うか合わないかっていう話になりますから、自分が、自分の、自分で、自分に、自分・自分・自分・自分・自分・自分・自分って思ってる人は、宇宙人の波動と合わないんですね。
だから、どんなに姿を見たいと思っても会わせてもらえない。でも、「自分・自分って思う自分は本当の自分じゃないんだよな、本当の自分は宇宙神の子供なんだな。宇宙を創造した力が私の中にあるんだな」っていうことを考えて、自分自分って思う想いを消えてゆく姿っていう言葉に乗せて、世界平和の祈りに乗せて、守護の神霊にお返ししてゆけば、だんだんと自分・自分って思わない私達になってきます。
皆さんは、大分そうなっていらっしゃると思います。もうご自分で手応えを感じてらっしゃるんじゃないでしょうか?「変わったよ」「自分は変わってるよ」って。
でも、もっと変われるんです。
私達の進歩向上、進化向上に終わりはないんです。終わりがあるとしたら、この宇宙を創った大宇宙神と完全に一体化したときですけれども、それはまだまだ先の話ですね。
例えば、救世の大光明の中の名だたる神々といえど、まだ大宇宙神と完全に一体化するまでには至っていないということを考えれば、私達がそうなるのは、まだもっとその後だということになると思いますけれども、意識進化を心がけて進化向上してゆきますと、どんどんどんどん『自分考え』っていうものが薄れてきます。
俺が、私がって言ってたのが、僕たちがとか、私たちがとかっていうふうに、主語が変わってきます。
そういうふうに自分を立派にするっていう取り組みを諦めないでやってゆけば、「必ず自分が変わる」っていう形で結果が出てきます。
「まだ変わらない」「まだ変わらないの?」って思う方がいらっしゃるかもしれないんですけど、そんな急かさなくたって、変わるときが来れば変わるんです。
それを知ってるのは守護霊・守護神だけなんですね。だから、自分が知ろうとする必要はないんです。
守護霊・守護神に任せて、こちら側は自分のやるべきことをやるっていう形で取り組んでいけば、知らない間に心がどんどんどんどん立派になってゆく。
心がどんどんどんどん立派になってゆくと、私達が肉体だと思ってたこの体が霊化してゆくんです。
体が先に霊化して心が後からついてゆくのではなく、心が、精神が、意識が先に霊化して、そこに体がついてゆくという形になります。なので、あんまり焦らなくっていいと思うんです。
よく周りの人と自分を比較する癖のある方は、周りの方々がどんどん立派になってゆくのを見てると、なんか焦るような気持ちが出てきて、何か自分ももっとやらなくちゃ、もっと変わらなくっちゃって思うんだけれど、ままならない、思う通りにいかないって悩まれる方がたまにいらっしゃいます。
でも、そんなふうに、人と比較なんかしなくていいと思うんですね。いつも言いますけど、比較するんだったら「昨日の自分より今日の自分、今日の自分より明日の自分、明日の自分より明後日の自分」っていうふうに、希望を持って生きていった方が、とっても精神衛生上いいんじゃないかしらって思います。
もう何をしなきゃいけないのか、何が正しいのか、みんなわかってます。わかってるけど、それを行動に表すことができてる人と、行動に表すことができないでいる方がいらっしゃるという段階が、今の我々ですね。
それから、みんなでお互いのラダーになって「どうぞ、私の背中の上に登って天に上がってください」って言って周りの人を昇らせ、「次はあなたの上を上がらせてくださいね」っていうふうに、お互いに自分を天にかかるハシゴとして提供し合って、みんなで立派になってゆく。
また、ハンカチをつまみ上げる話で言えば、みんな一人一人がつまみ上げる立場になったら、引き上がる裾野も多くなりますから、よりたくさんの地球の人達が意識進化の世界に興味を持って来るということになります。
どんなことでも、大きなことからやろうとするんじゃなくて、本当に小さなことから始めるっていうのがコツだと思います。
『小さな成功体験』という言葉がありますけれども、小さな成功体験を積み重ねた人は、大きな成功体験をすることができる。小さな成功体験の積み重ねのない人は大きな成功体験に出会うことがないんです。
なので、あんまり先のことばっかり見て足元を見失うっていうことにならないようにすることが大切なことなのかなと思っております。
最後に、神聖復活の印を7回組んで終わりにしたいと思います。
<神聖復活の印を七回>
ありがとうございます。はい、それでは本日の勉強会はこれで終わりにいたします。皆様のマイクをオンにします。
<ByeByeタイム>
これで本日の勉強会は終わりにいたします。皆様、ご参加くださり、ありがとうございました。
以上