世界人類が平和でありますように

神聖で繋がり合う人々

2026年4月11日(土) 動画による祈りの会の詳細な内容

260411-動画による祈りの会_由佳先生・真妃先生・里香先生・昌美先生

【由佳先生】

皆様、おはようございます、4月11日の動画による祈りの会にご参加いただき、誠にありがとうございます。

4月にも入って新年度・新学期が始まってます。今改めて動画の紹介のビデオの中でも富士聖地の現在の様子が溢れていましたが、富士聖地に行ってても自分では見れてない動物さんや植物さんがあったり、本当に癒される時間だなって想いながら見ていました。

今日お写真の中で紫の花のクロッカスが咲いてる時に、この間昌美先生と富士聖地に行った時に、昌美先生がクロッカスの花が大好きで、「かわいい、かわいい。写真撮って」と言ってクロッカスの中に入っていく昌美先生のお姿をふと思い出していました。

この間、「美しいしだれ桜が富士聖地で咲きました」っていうお写真が届きました。ご本人に許可をもらってないんですけど、「富士聖地には何気ないけれどこうして移り変わってゆく季節があふれているな」っていうのをお伝えしたくてご紹介しました。

大行事とかが富士聖地で開催される機会が減ってきましたけど、よく真妃先生もおっしゃるんですけど、大行事のために来るんじゃなくて、一人でふと行っていろいろなお祈りができる、そういうことをサポートできる富士聖地にしてゆけたらな、ということを話していました。

こういう何気ない、この時期しか見れない富士聖地の姿や動物さんや植物さんを楽しんでいただいたり散策していただける、そういうものをもっともっとお出迎えできるようになったらなと思いながら、ちょっと富士聖地の春をご紹介しました。

はい、以上です。ありがとうございます。

【真妃先生】

私はやっぱりSOPPが近づいてきていて、5月に本当に7年ぶりのリアル開催なんですけども、世界がこのような状況のなかで今、ニュースを見るたびに胸が痛くなります。

いまこうした不安定な世界のなかで、私たちひとりひとりは何と向き合ってゆくのか?

それは、イスラエルとかイラクとかアメリカとか、そういう外の問題ではなくて、それを見た私や皆様が(見聞したものを内側に向け直し)、そこから何を感じ、どんな想いが出てくるか、です。

イスラエルやアメリカに対する批判だったり、絶望だったりが世界に広がっていますが、私たちはそこから生み出される想いや感情、行動が次の未来を作っているという事実を見つめる必要があります。

今までの私たちはいろいろなニュースに触れるたびに印を組んだり祈ったりしてきましたけれども、不安を煽るようなニュースが流れた時に、正直な気持ちとしてどのように受け取ってきたか?

その一つ一つの出来事から生み出される想いや言葉、行動が次の未来を創ってゆくエネルギーになっているということを、しっかりと認識する必要があります。

人間ひとりひとりの想いというのは、それだけ大きな力なんだということです。特にインターネットで世界が一瞬でつながるようになった現在は、その影響が大きいと思います。

今世の中では、いろんな研究が進んでいて、意識の研究や祈りの研究、見えないものが見えるものに与える影響などについても研究されています。それは、白光真宏会(五井先生・昌美先生)がもともとお伝えし続けてきたことです。そうしたことがやっとこの世の科学で研究され始めているわけです。

そのようなときに、意識の用い方を大切にしながら行動し続けてきた私たちは、ニュースを見たときなどにそれを振り返る時間にしています。

戦争のニュースを見たとき――そうした悲惨な状況は戦争に限りませんが――いろんなことが目の前に広がった瞬間、そこから沸き起こってくる一つ一つの感情に丁寧に向き合ってゆき、それを愛とか光とか、神聖から出てきた要素に変容してゆく。そしてその変容した自分として一日を過ごす。

皆様お一人お一人の一歩違った見え方や一歩違った行動は、世界に見えないけれど大きな影響を与え、変容を促しています。そして、見える世界においても、周りにいるご家族やご友人などに、皆様の心や言葉が伝わってゆき、大きく伝播し、それが光の伝播、想いの伝播となり響き渡ってゆく。

小さな小石が湖に落ちた時に波紋が広がっていくように、私たちひとりひとりが今想ったこと、考えたこと、行動したことが波紋となって広がってゆく。その波紋に想いを馳せて、「どんな波紋となりどこへ広がってゆくか」というところにまで繊細に意識を向ける。

そうすると、私自身が「今日どんな想いで過ごすか」に意識を向けた時に、まずは私たち、できる人たちからやってゆく必要があることがわかる。それは本当に大きな力となって変わってゆく。

SOPPの準備は、1ヶ月以上前から始まっています。私たちひとりひとりが5月のSOPPに向かって集まってきた時に、その私たちひとりひとりがどんな想いを持って集まっているのか?

愛の行動を積み重ね、平和の想いを積み重ねた意識を持ってその場に行ったか、またその場に行けなくてもその場をつくってくださる想いを発しているか?そうした私たちの意識の集合平均によって5月のSOPPで起こる新たなる繋がり、いろんな宗教同士の繋がり合いや平和への祈りが広く発信されてゆきます。

いろんなものが崩れ去っているように見える今この時代(とき)だからこそ、そこから生まれてくる新しい芽が希望の光となり、目立つ存在となって花開いてゆくと思っています。

だからこそぜひぜひ、この一回一回の集まれる時、祈れる時、そして集まれなくても祈れなくても、今この瞬間私たちが目にするものから何を次に生み出していくのか、ということに想いを馳せながら、一瞬一瞬に意識を向けて大切にしながら、5月に向け皆様と心を一つにして、場を紡いでいきたいな、ということをすごく想っています。

そういう中で今日の特別プログラムは、人類即神也という「私たちひとりひとり――人類が何者なのか?」というところに意識を向け、エネルギーを注いで一つにつながってゆきます。

私たちが神であると同様に、人類どんな人も――今目の前にいる平和な人も神聖な人とは思えない人も――みんな神聖なんだということに確信を持って、どれだけ人々の中の神聖を観ることができるか?光を注ぐことができるか?

光を注ぐとそれが開かれていくんです。闇を注げば闇が開かれてゆく。光を注ぐ力が、ホントはその人の中にもあるし、私たちひとりひとりの中にもあるんだ。そのような想いで今日は一つにつながってゆけたらなと思っております。

今日もご参加いただき誠にありがとうございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

【里香先生】

今、真妃先生がおっしゃってくださったみたいに、やはりニュースをつけるとアメリカだのイラクだのレバノンだの、様々な国々の苦しい状況であったりとか、暴力性であったりとかに、怒りが湧いたり不安になったりする。私たちの国も影響されるわけで、「これから私たちの生活はどうなるんだろう?」とか、そういう不安や恐怖、分断などの意識が瞬時に湧き出てしまう。

そこからネガティブなエネルギーに飲み込まれて、不安恐怖を抱え分断の意識で世界を見るのか?それとも、自分とは何者なのか?他者とはどういう存在なのか?を探求して、自己と他者とがどうやって共同創造しながら天に向かって新たな進化を遂げてゆけるのか?という本質的なところを観るのか?といった観点から、今日は人類即神也というテーマで皆様と深めてゆけたらなと思っています。

今日は昌美先生の『他者のために』っていう詩を読みます。ずいぶん前に書かれた詩ですけれども、それを読んだ時に、自分と他者は本来離れたものではないということが書かれており、私たちの認識をどうやってそこに近づけるのかということを書かれていますので、それをまず読んで、みんなで考えながら『人類即神也の印や音霊』を深めてゆきたいと思います。今日もどうぞよろしくお願いいたします。

【由佳先生】

では世界平和のお祈りを始めます。

<世界平和の祈り>

ありがとうございました。

【里香先生】

では先ほどお話させていただきましたけれども、人類即神也のテーマについて、今日は皆様方と深めてまいりたいと思います。

前回、我即神也を深めていた時に音霊の部分を大切にしました。今回も人類即神也の発声の音霊を、その響きを放ちながら、まず自らその音霊の響きを自分自身の命の部分から感じ取り、それから宣言文をみんなで読んで、印を組んでまいりたいと思います。

その前に、「人類とはどういう存在なのか?」「自分にとって、自分と人類はどんな関係性を持っているのか?」を考えてみる。また人類というのは、たくさんの他者でできているわけですけれども、自分と他者との関係――これについて少し深めていくことによって、他者というのは別の存在ではなく、自分を知らしめてくれる存在であり、本来の自分を開いてくれる大切な存在であるということを、昌美先生がこの「他者のために」という詩の中に書いてくださっています。

これは私が白光誌2016年の7月号で見つけたものですけれども、シリーズ・インフィニットワーズの詩の本の中に入っている詩の一つです。(一巻から三巻の中にはタイトルが見つからなかった)

ではまずこの詩を朗読して、そこから自分と人類との関係、世界との関係を少し深掘りしてゆけたらなと思っております。では読ませていただきます。

<昌美先生の詩の朗読>

「他者のために」

西園寺昌美

若き我が身を振り返ると、

いかに我が身に執着することの多かりし日々だったことか

与うることが次第に己より他に多くなりし時、

我が心は自由自在に解き放たれし

己の宿命が天命に転じた時、

うちより無限なる愛がほとばしり溢れ出していった

己の自分勝手な振る舞いや愛なき言動行為は

真の幸せも果報ももたらさない

常に不平不満はいやまし、尽き果てるものではない

願わくば、ひたすら己の欲を慎み、他者に心を馳せるならば、

己の私利私欲はたちまちかき消され、

ほのかな幸せが心の奥から突き上げてくる

他者のために少しでも己の幸せを分かち合い、

他者のために少しでも己の愛を注ぎ込み、

他者のために少しでも己の祈りを響かせるならば、

これこそ他者を救い上げ、他者のために生きるということ

この生き方を誰もが日常生活において少しでもできるならば、

そして真理の生き方を通して

五井先生の「世界人類が平和でありますように」という

世界平和の祈り言葉が祈られるならば、

世界はおのずと平和に向かうことになる

なぜならば、

この祈り言葉の中に無限なる神の愛の光が宿っており、

祈る人も祈られる人も双方ともに

真の幸せと平和のために生かされていくことになるからである

生きることは決して難しいことではなく、

呼吸のように自然なる行為そのもの

キルケゴール曰く、

「絶望は死に至る病」「死への病の導火線」

だが宇宙神の究極の真理である

「すべては完璧、欠けたるものなし、大成就」は、

主観、客観、善悪をも超えて

輝く未来、希望、至福、光への導火線

我々は今日もまた呼吸のように祈る

世界人類が平和でありますように。

我即神也

人類即神也

全ては完璧、欠けたるものなし、大成就。

今、昌美先生の「他者のために」という詩を読ませていただいたんですけれども、私がすごく心に残った部分は、「次第に己より他に多くなりし時、我が心は自由自在に解き放たれし」というところです。

私は昔、偽善的な感じで「他人に合わせなきゃ」とか、「こうしなきゃ」とか、「喜ばせなきゃ」とか、そういう意図で行動していた時は、ある意味でいえば、他者のためではなく自分の保身というか、「あれは自我だったな」というふうに思っています。それは自由自在心の解放にはつながらない想念行為です。

「他者のために」っていうのは、昌美先生は「宿命が天命に転じた時」ってここで書かれていますけれども、本当に心から愛を差し出した時に、自我というものが破れて本心に繋がり、自分のつかんでいた想いが解き放たれる。他者に愛を差し出した時に、自分が想像もしなかったような自分への愛とか本心に触れた経験をする。

偽善とかそういうものを超えたところで、他者を通して私は本心に触れさせていただいてるんだ、外側の他人に感じる想いというのは、自分の本当の姿に戻れるツールとなっているんだってことを想った時に、やはり偽善ではなく、他者の存在を常に想い、他者のために祈りを捧げることが本来の自分自身に戻る方法なんだ、自と他の関係性はそういう仕組みになっているんだっていうことを、これを読んで感じたんです。

お二人はどういうふうに思ったか教えてください。どの部分が心に残りましたか?

【真妃先生】

私はちょうど今、五井平和財団の若者の集まり、オンラインの若者の集いの中の今日のテーマが「力のパワー、4つの種類の力」というもので、私たちには4つの力、パワーがあると言っています。「自分の内なる力」「自分と他の間にある力」「他と共にある力」「(上からコントロールしてくるような)外からの力」です。

私たちは意識しないで、他と自分との関係性や、出来事と自分との関係性のなかで、それらの力の中で生きているし生かされているし、自分もその力を外に発している。

それで、昌美先生の「他者のために」っていうこの文章を読ませていただいた時に、「どんな形で自分はその力を使っているんだろうか?」と自分の持つ力を俯瞰してみました。

「他者のために」って言うとすごくシンプルなフレーズでイメージできますけれど、他者のために力を使うと言っても、相手の自立を奪ったらそれは相手をコントロールすることになるし、「こうした方がいいよ」というアドバイスでも、そのアドバイスをすることは自分の生き方を押し付けてることになることもある。

自分にとっていいこと。他者のためにと思っている行動。その一つ一つの想いの背後には、いろんな力が働き、いろんな力が動いている。自分はどういう力を目の前の出来事や人との間で発動させてゆくのか?それによって繋がり方が違うし、繋がるところも違います。

自分のエネルギーの発し方によっては、生み出されるものが上下関係になることもあるし、相手が光輝いて自立し自信を持って新しく生きることを助ける力にもなる。相手を潰すことにもなるし、生かすことにもなる。

相手との力の関係をどんなふうに生み出し、他者のためにどのようにしているかによって、それがまた自分にも戻ってきて、同じ力が自分らしさを引き出すことにもつながる。

自分が発した言葉とか行動が、どんな力――パワーという視点で見ても、どういう形で相手との繋がりを創っていって、そこからどういう世界が生まれていこうとしているのか?どういう世界を生み出したいから、どうやって自分の力とか言葉を使うのか?

言葉も力ですから、どういうふうにそれを発していくかっていうことが大切です。結果的には、昌美先生のここに書かれているお言葉の背後には、五井先生の個人人類同時成道の世界が生まれてくる。

自分だけではない、他者だけではない。他のために生きることが結局は自分のためにもなって、自分と他の神聖が立ち上がってくるような、そういう「他者のために」のあり方がこの詩に言及されている気がしています。

「すごく深いな」と思いながら、お話に耳を傾けさせていただきました。由佳先生はいかがですか?

【由佳先生】

そうですね、自分事として今、私自身が得ている学びと重ね合わせて聞いていました。

「いかに我が身に執着することの多かりし日々だったことか。そしてそれが己の宿命が天命に転じた時、うちより無限なる愛がほとばしりあふれ出る。最終的には生きることとは決して難しいことではなく、呼吸のように自然なる行為そのもの」――これが今、私が垣間みている体験とつながる気がしたので、ちょっとお話してみたいなと思います。

私たちひとりひとりにはすごく美しい、まっすぐな太い神聖の光のパイプが通っていて、宇宙神や神々様の溢れ出る響きがそのまま降ろされている。それが本来の私たちの姿であり役目だと思うんです。でもこの世に生きていると、やはり肉体の我が身にいつのまにか執着してしまう。

里香先生の話ともすごくつながるんですけど、ちょっと偽善になってしまうところがあったというか、「人のためにやらなきゃ」とか、「やるべきだ」とか――実は我が身のことを思っていることがそのパイプのブロックになってたんだ、ということです。

大いなる光の響きの流れを、自分の意識や思考――「こうするべきだ」っていうその執着(把われの想い)が光のパイプをブロックしてしまっていたという気づきが最近あったんですよね。

じゃあどうやってそのブロックを溶かしてゆくのか?今自分自身が気づいているのは、「もっと自分を愛してあげること」「もっと自分を赦してあげること」、そして「もっと自分を信じてあげること」です。

そうすると、「こうするべきだ」とか「こうしなきゃ」とか、一生懸命「他者のために幸せを分かち合わなきゃ、愛を注がなきゃ、自分をなくさなきゃ」っていう想いすらも溶かされてゆく。

そうやっていると、自ずと大いなる響きがそのまま流れ入る環境を自分の中に創りあげることができる。「しなきゃ」とか「するべきだ」とかじゃなく、自ずとブロックがない状態でパイプそのものになっていると、自然と他者のことを想う気持ちが溢れ出る自分になっているという、逆転の発想的な体験です。

「他人を赦さなきゃ」とか「愛さなきゃ」とか、「幸せを注がなきゃ」じゃなくって、自分自身のブロックを先に溶かしてあげる。執着を溶かしてあげる。自分自身のありのままをそのままで受け止めてあげる。

それがパイプをまっすぐに通すことになるんじゃないかなっていう体験がありました。そうなると、他者のために動くことは難しいことじゃなくて、呼吸のように個人人類同時成道の姿を、自然な行為として世界平和の祈りと共に生きられるんだなって思ったんです。

「世界平和のお祈りはすごいな」って思うのが、すごく辛い時、すごく苦しい時、自分自身がどうしていいかわからない時、社会が見えない時、自分自身が見えない時、本当にここにも書かれてましたけど、無限なる神の光や愛があるから、「自分の天命が完うされますように」と祈ることができ、「守護神様に見守られている自分なんだ」っていう本心の自分に戻ってゆくことができる。

そのように困った時にこそ繋がりを感じるけど、ありがたく全てが整えられている時、困ってない普通の日々だなと思う時にも、世界平和のお祈りが「全人類が平和でありますように」というこの一言の言葉で、どちらの状況にあっても神の愛を放出してるんだなっていうのをすごく感じています。

辛い時ももちろんだけど、普通の日々のなんとも思っていなかった時の世界平和の祈りは、全人類に光や愛を放出させていただく働きをしている。そのように、一つのこのシンプルな祈り言葉が多岐にわたって個人人類同時成道を本当に表してるなって感じていた今日この頃でした。

どうやって自分のパイプをブロックのない状態に保ち、本来みんなが持ってる神の光を宿せるんだろうか?響かせられるんだろうか?と思った時に、戻ってくるのは世界平和の祈りだなと、昌美先生の詩を読みながらそう感じていました。

【里香先生】

素晴らしい。本当にそうですよね。自ずとパイプそのものになることができたら、偽善とか保身とか自我とかそういうレベルではなく、本来宿る神聖とか霊性とか、そういうところから働きが変わってゆく。

宿命から天命に変わるっていうのは、何をするかではなく、本来の自分に整って祈った時に、やっぱり違う次元から他者へ手を差し出すっていうことになって、それが自ずと自らに返ってくるっていうことですね。

【由佳先生】

それが言いたかった。(一同笑い)それを本当に思ってました。

【里香先生】

そのように整えていけるように、今日は音霊から始めて、そして呼吸法の印と、皆さんで自らのブロックをどんどんと解き放って光そのものの自分へと還ってゆきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

前回も我即神也の時に行なった音霊の発声をこれからやっていきます。前回ご覧にならなかった方は、ここでちょっと音霊の働きを少しご説明させていただきたいと思います。「不動の心」の111ページに五井先生は言霊、柏手、光の働きについて書かれてるんですね。

音霊っていうのは、母音ですよね。「あおうえい」。母音っていうこの音霊は光そのものである。言葉になる前の次元のものすごく高い次元の、神の光そのものの働きがある。だからこの音霊を発声することによって、自分が肉体を通して光を流す働きというものがあり、これは浄めに繋がり場の波動を上昇させる。その場の周波数を変えてしまう力がある。なぜなら、この「あおうえい」の母音自体が神の光そのものであるから。

これを発する人間、人っていうものは天と地を結び、神と人との交流をなしながら場の周波数を整える働きがあるっていうふうに、このご著書の中に書かれています。

ですので今回は、人類即神也の印を組む時に「うー」という発声をしますけれども、その発声の部分だけ皆様方とまずは行なってまいりたいと思います。ちょっとリラックスしてから皆さんと体をほぐしながら、意識の中心をお腹の辺りに持っていく。母音を発声する時は喉で発声するのではなく、もっと奥深い腹の部分から「うー」とやる。

できなくてもいいんですよ、自然とやっていればそういう光っていうものが出てきますから。時間の関係上、人類即神也の印を組んだりもするので、3回繰り返しやっていきたいと思います。

ではよろしくお願いいたします。ではちょっと呼吸を整えていきましょう。

<人類即神也の音霊の唱和(3回)>

<人類即神也の言霊の唱和(7回)>

はい、ありがとうございました。では真妃先生、お願いします。

【真妃先生】

それでは皆様の音霊のエネルギーを大切にしながら、一言一言丁寧に人類即神也の宣言文を皆様と唱和したいと思います。それではスライドをお願いします。

私たちが発する一言一言は神聖な光となって自分の中にある神・神聖を引き出し、そしてこの言葉がエネルギーとなって波紋となって世界に放たれる。皆様のお言葉、音霊がそれに触れた多くの人類の神聖を目覚めさせる。そんなイメージでこのお言葉を丁寧に発声していただければと思います。

<人類即神也の宣言文を奉唱>

それでは皆様とご一緒に、人類即神也の印を一回組ませていただきたいと思います。

<人類即神也の印を一回>

<呼吸法による人類即神也の印を一回>

【真妃先生】

それでは由佳先生、神聖復活の印をお願いします。

【由佳先生】

では皆様、最後に神聖復活の印を一回、一緒に組ませていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

<神聖復活の印を一回>

はい、ありがとうございました。

<昌美先生のお話>

【昌美先生】

皆様、ごきげんよう。お久しぶりでございます。皆様の世界人類平和の祈り、そして人類即神也の印は素晴らしい働きでございます。皆様方も随分力が付いて、私と同じような指導者になられました。

世界中には何十億という、いろいろな人類が存在していて、(自己限定した)人間の意識が存在しておりますけど、日本はやはり皆様方会員さんのおかげで光に包まれている。

いつもいつも寝る前にお祈りしておられる。その祈りの言葉、光が、私の寝てる間に入ってくるんです。不思議なもので本当に光というものは全てを越え、国境を越えて私のところに入ってくるので、今私はもう元気です。足も丈夫で、一人で何百メートルも歩き始めました。

そしたら逆に左足の骨折したところがまた痛み出したので、しばらく自分の足を大事にしようと思ってお祈りしながら少しずつ歩くのを控えてまいりました。

これからの日本は世界から尊敬されます。「死ぬ前に日本という国を訪れたい」という多くの世界各国の人々がみんなそういう志を持って生きていらっしゃいます。

今、私にはお祈りがあるし印があるし、五井先生から直接のご指導もございますので、何の苦しみや悲しみや痛みもありません。ただただ毎日毎日仰せの通り、「あちら行け」と言ったら行く、「こちら行け」と言えば行く、「お祈りせよ」と言ったらする、そういう感じで過ごしてまいりました。

でもその背後に皆様方のような、お年を召していらしても、本当に歩けなくなっても、もう外に出られない方々も、いろいろなご不自由をしてらっしゃる方々も、共に祈りをしていらっしゃる方々がおられ、一緒にやられていらっしゃるということが私の誇りでございます。

皆様方と祈るとか光を降ろすとか、それも大事ですけれども、同時に本当に世界が一つになるためには多くの人たちの印が一つにつながると、その印のエネルギーは本当に全ての国境、全ての人種民族、それから戦いを超えて、多くの人々に平等にその光が行くのです。

皆様方は「昌美先生のため」とか、「五井先生のおかげで」と思ってくださっておられ、そうした皆様方のお気持ちはありがたいのですが、『祈り』『印』というものは全てを超えて、世界中の人々につながってまいります。

ですから私は皆様方に、生きている間に起こるか起こらないか、まだ私は完全にはっきりと申し上げることはできませんが、国境を超えて全人類は一つになるときがくる。

黒人であろうと黄色人種であろうと日本人であろうとアメリカ人であろうと、あらゆる低開発国の方々であろうと、皆平等で愛し合い、そして助け合い、喜び合い、感謝し合いながら生きていかれる時代が来ます。

それを担うのは日本国です。その日本国の中で、中心的な役割を担っていかれるのは、五井先生のみ教えを知っておられ、印を知っておられ、そして富士聖地へ来られる指導者の人たちのおかげです。

その人たちの印や祈り、それからもうお年を召して富士聖地には来られなくても、病院の中で祈っておられる、印を組んでおられる方――そういう方の印も私に伝わってきておりますし、五井先生にもつながっております。

ですから五井先生は喜んで、そういう病気になられた会員の方々が入院しているところにも光を降ろしておられます。私は、それらの状態をはっきりと見ておりますので、日本国が中心であると断言できます。

いよいよ日本は、世界平和の祈りの聖地として、世界中の各国の人々――黄色人種、黒人、白人――どんな方々の心のなかにも、「一回は日本へ訪れたい」という想いが今どんどん凝縮されております。

私はそれが嬉しくてなりません。そういった方々に来ていただいて、富士聖地を見てもらう。富士聖地は、会員の皆様方が作り上げたのです。私一人で、五井先生のみでできるものではありません。皆様方、会員さんが富士聖地へお元気な時、若い時にいらして祈ってくださった。

雨の日も雪の日も土の上に座って祈られたその姿。それは永遠に残っております。今でもそうです。雨が降れば、それぞれの方々がビニールを持ってそこでお座りになってお祈りする。会の側ではそういう準備はしません。

みんなが土の上に座るのが当たり前なので、どんなお年を召した方も座っておられる。どんな雪が降っている時でもビニールの上に座っておられます。そういう姿を何年も見ておりますと、私は本当に涙が出てありがたい。今それをなさってくださったお一人お一人は、この動画を見ていらっしゃるかもしれません。

本当に尊い尊いそのお姿を見せていただき、私たちに力を与えていただき、そして今も、全人類を救っておられるんです。

皆様方があちらにいらっしゃる時は、五井先生が私たちひとりひとりを迎えに来て抱きかかえてあちらへお連れしてくださいますので、何の苦しみも悲しみも怖さもございません。

ここでまたお会いできて大変嬉しゅうございます。また改めて富士聖地でお会いしましょう。

できるだけお会いしたいと思うので、どんなに苦しくても「行きます」と言えば私がそこへ光を送りますので来てください。お待ち申し上げております。

またそれが全てではありません。ご自分の自宅で祈ってくださるのも、多くの世界の人々、そして日本の人々も、貧しい人、苦しんでいる人、病院でもう寝て治癒力がなくなってしまっている人にも光が行くことになり、本当に奇跡が起こります。

ですから皆様方のひとりひとりの存在というのは、祈りがあり、五井先生の光を降ろしておられ、そして地球をきれいに平和にしてくださっておられる。皆様に与えられているのはその恩恵でございますから、確信を持って自信を持って堂々と生きてくださいね。またお会いできることを楽しみにしております。

ではごきげんよう。ありがとうございました。

【真妃先生】

それでは皆様、昌美先生の今お話くださった内容を英訳しますので、皆様は昌美先生が発してくださった音霊を静かにご自身の中に感じながら、お過ごしください。

<真妃先生による英訳>

それではちょっと長くなりましたが、今日も動画の祈りの会をこれで終えさせていただきたいと思います。最後に由佳先生からお知らせがあります。

【由佳先生】

はい、まず先ほどもありましたけど、5月17日の日曜日にSOPPがあります。久しぶりに富士聖地で開催されます。もう本当に楽しみにしております。もちろんオンラインになった良さもすごくあったと思うんですけれども、やはり富士聖地で皆様と共に祈れるこのSOPPを、今からスタッフもすごく大きな準備をしております。

そこで一言お伝えさせてください。昌美先生もおっしゃられていたように会の皆様が作り上げた富士聖地であり、そしてこの20年間のSOPPというのは、見えない世界で会の皆様の祈りが、宗教と宗教の間にあった超えられないすごい壁――その境界線を本当に溶かしてきた。

そういう大きな働きがあるこのSOPPの20年間だと思っております。だからこそ、次へと進んでいける。人類の意識がそれによってまた一歩進化し、そしてまた新たなSOPPを富士聖地で迎えていけると思っております。

今までの宗教というのは、宗教者が神と人類の代表として繋がり、それをまた人々に伝えていくっていう段階がありました。これからの神聖の時代は、ひとりひとりが自ら大いなるものと一つに結ばれてゆく、結んでゆく。

そしてその結びがどんどん波及してゆく。それは宗教を超え、国を超え、人種を超えて、ひとりひとりが神聖に戻り、神聖から結ばれていく世界観をこれからのSOPPがまた新たに切り開いてゆき、人類の意識を育てていく場になってゆくと思っております。

久しぶりのSOPPですけれども、これからはもっともっとひとりひとりが主人公になっていき、ひとりひとりが自ら大いなるものと祈りでつながっていく。そういう場へと少しずつSOPPの形も進化し変化していくと思っております。

今年のSOPPは祈り方もそういう意味で進化していきます。これまでは宗教のお祈り、その後に国のお祈りをしてたんですけれども、そこの境界線を溶かしていくというか、統合していくようなプログラムになっております。

ですので何か変わったなと思われるかもしれないですけれども、それはより多くの人たちがSOPPに参加し、意識を変容させ、そして神聖に生きてゆく世界観をここで表わしてゆくための変化です。そういうSOPPになってまいりますので、どうぞ皆様、楽しみになさってください。

先ほどオンラインは配信されないという話があったんですけど、ごめんなさい。配信はされます。配信はされるんですけれども、今までのようにナビゲーターがいて説明してとか、そういう丁寧なものではなく、場合によってはもしかしたら定点カメラから富士聖地の様子をお見せするという、すごく簡易になってしまうかもしれません。

でも、ご自宅からご参加される方々も同時に富士聖地の様子を見ていただけるよう、こちらで準備しております。ご自宅であれ富士聖地であれ、ぜひこのSOPPでご一緒にお祈りに参加していただけたらと思います。

そういう新しい進化変容も含めて、より多くの方々にお越しいただけるように、初めての方々をお誘いしやすい雰囲気づくりなどの試みを今行なっております。

白光真宏会の公式サイトのニュース&トピックスを見ていただきますと、今年のチラシがそこからもダウンロードできる状況になっております。「この人を呼んでみようかな」「ちょっとお誘いしてみようかな」っていう方がいらっしゃいましたら、ぜひともこのチラシを使ってお伝えいただけたらと思います。

また今年は、龍雲寺のご住職の野原様――白光の記事にも載りましたけど――今まではオンラインで宗教の代表をしてくださってたんですけど、今年初めて野原様が富士聖地から仏教のお祈りを担当してくださいます。

なんで今お伝えしたかっていうと、龍雲寺はピースポールの全部の言語、各国の言語をちゃんとお伝えしたいということで、八面体×2のピースポールを4本立ててくださっていて、全部の国の言語がピースポールで見れるようにっていうのをご自身の龍雲寺で立ててくださった方なんです。

春分の日にこのピースポールを立てる儀式に私も参加させていただいて、その時に原田様っていう太鼓の奏者がいらして太鼓を打たれたんです。私は初めて太鼓を聴いて涙を流したんです。なぜならその太鼓に壮大な地球の歴史であり神々の響きをすごく感じてしまった。SOPPが富士聖地で久しぶりに行われるならぜひ原田さんに太鼓をしていただきたいって想って、それも叶えたので、今年はいろいろ初めてなことがあると思います。

太鼓があり、宗教の祈りがあり、世界各国の祈りがあり、それが全部一つとなって神聖な響きを発してゆく。そういうSOPPになっていくと思いますのでぜひぜひ、皆様、いろいろな形でご参加いただけたらと思います。

今年は、もう締め切っていますけど、ボランティアの方々も会員の皆様が旗手を担当していただけるようにといろいろな可能性が広がっておりますので、皆様がひとりひとりご自身が主人公であるという気持ちで今年のSOPPはご参加いただけたらと思います。

以上SOPPのご報告でした。じゃあ真妃先生、続いて「いのりカード」のお知らせをお願いします。

【真妃先生】

皆様、いよいよ「いのりカード」が発売されました。私の手元にもこの間届きました。スタッフの方たちとすごく丁寧にこれを作る時に、本当に神聖な気持ちで作らせていただいたので、ここには私たちの神聖の想い、五井先生・昌美先生のお言葉を通した神聖の想い、神聖あふれるカードになっています。

「これが発売になりました」というご報告なんですけれども、これはホームページからご覧いただけますので、ぜひぜひ皆様この「いのりカード」を通してご自身の中に脈々とあふれる神聖の存在とつながっていただきたい。

そして自分は本来神聖である、私たちは本来神の分霊(わけみたま)であるということを、日常の中で常に確信しながらそうあり続けていただきたい。なぜならそういう存在こそが、今暗闇が広がる中の光となって多くの人たちを目覚めさせ、神聖の道を照らしてゆくからです。

お近くの方と語ることに使っていただいてもいいですし、ご自身の中で自分の神聖とつながることを大切にしていただきたい。その自分の中の神聖とつながる一つのツールとしてのカードになっています。ぜひぜひお手に取っていただければ嬉しいです。以上、「いのりカード」のご案内でした。

次回の「いのりカード」の体験会は4月23日の夜8時。いろんな時間帯、今までは動画の祈りの会の後にやらせていただいたんですけれども、休日のお昼だとなかなか参加できないという方もいらっしゃるかなと思ったので、平日の夜の時間、夕飯が終わった後一息つける時間かなと思って夜の遅めの時間で今度は開催してみようと思います。

カードをお持ちの方もお持ちでない方もぜひぜひ足を運んでいただいて、本当に全国から集まられるいろいろな会員の方々と神聖な存在で繋がり合うってどんな嬉しいことなのか、幸せなことなのか。お互いがお互いの神聖と繋がり合うことで、本当にその場が平和・調和に満ち溢れていくんだっていう体験をしていただけたらなと思っています。

皆様のご参加お待ちしております。

【由佳先生】

最後に、次回の『動画による祈りの会』の日程は4月25日になります。5月は1ヶ月お休みになります。ちょっと先になりますけれども、SOPPが終わった次は、6月7日に「神聖の扉を開く行事」が富士聖地で行われます。そこまでが一応今後のスケジュールであり、ご報告となっております。

【里香先生】

今日はちょっと時間が押してしまいましたけれども、本当にこの様々な世界がいろいろ起きていますけれども、人類即神也に言霊・音霊には、その奥に常に常に光が降りてきています。

どんな傷口の中からでもそれが染み出てくる。どんな状況の中でも常にその神の光は滲み出ている。そのことに確信を持って、神聖復活の印を組みつづけ、世界の平和の祈りを祈ってまいりたいと思いますので、またどうぞよろしくお願いいたします。

【お三方】

今日はご参加ありがとうございました。

以上