210925-動画による祈りの会_真妃先生・里香先生
【真妃先生】
皆さま、おはようございます。 本日もね、本当にこのようにお集まりいただきまして、ありがとうございます。今月は9月の黎明祭があの前半にありましたので、動画の会は一回となっております。
今日、皆さまとまた、心と祈りを共にして自分の神性とつながって、またこの動画でつながっている方々、そして世界中の人たちの神聖とつながり、神聖復活のあの光を送りたい。そんな時間にしたいと思っておりますので、今日もどうぞよろしくお願いいたします。
で今日の流れとしましては、まずはこの後、世界平和の祈りの統一をしてまいります。その後、メインプログラムでは、我即神也、この私、祈る時にも私が祈っている、そして印を組む時も私が祈っている。でこの私というものを、祈っている自分、そして印を組んでいる自分という者は一体何者であるのか。ここをもっと我即神也の教え、そして行を深めていくことによって、この印や祈りのパワーもどんどん効果があって、すごく影響が大きくなって参ります。
ですので、この、今日はメインプログラムとしては、この我即神也の我を深めていき、そして最後に、神聖復活の印を組んで参りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
では世界平和の統一のお祈りをお願いいたします。ではお願いいたします。
それでは、皆さま世界平和のお祈りを始めたいと思います。よろしくお願いいたします。
<世界平和の祈り>
【真妃先生】
ありがとうございました。 それではメインプログラムに移りたいと思います。里香先生お願いいたします。
<我即神也、自分を深める>
【里香先生】
皆さま、改めましておはようございます。 もう2021年も10月に入ろうとしています。もうほんとうに、時が過ぎるのは早いものですけれども、あの今は本当に開放的な夏オリンピックもありましたし、色々なイベントが行われる夏、夏休みでもあり、わりとこうオープンで暑い夏から今は秋が訪れて、ゆっくりとじっくりといろんなものを観察したりとか、味わったりとか、深めていくことがしやすい季節に入ってきたと思います。
なかなか夏の蝉の激しい鳴き声の中で、自分の内なる声を聞き取ろうとするのは難しい時があると、そのように私は感じていますけれども、今は東京では、金木犀の香りが風とともにその優しい雰囲気を届けてくれて、でそういう時に、自分の内に入り祈ると、本当に今まで聞こえてこなかった、あの想いだったりとか、自分へのメッセージだったりとかが、聴き易くなってきてるな、と感じています。
ということで、この今日の動画もお祈りでも、今まで私たちはずっと夏の間、外に向けてお祈りを行じてきました。ほんとうに皆さま方のその尊いお祈り、一緒にお祈りするということは、とても、あの昌美先生も常にあの感謝されています、皆さま方の印が、すごくこうプールされてそれが肉体エネルギーとして、この器として昌美先生も浄めること ご神事に使われるとおっしゃられていたので、皆さま方にほんとうに会う機会はあまり、あの会うときはほんとうに常に そのようなことをお話されています。
で今日はここで皆さまとほんとうに一呼吸入れて、じっくりと我即神也を深めて、ふだん先ほどもお話しましたけれども、
ふだん祈っている我とは誰なのか?
ふだん印を組んでいる私っていうのは誰なのか?
その大元の軸の自分というところに意識を向けて、あのその、もしかしたらふだん自分の自我に把われて、自分を責めてしまっている自分があるかもしれない。もしくは肉体人間の自分を肉体と思って、そのそこから祈りを発しているかもしれない。
なので、こういう自分、あらゆる「消えていく姿」の自分があって当然なのですけれども、ここでまた意識をぐるっと自分の内に向けて、その霊的なる自分の働き、あの神聖なる自分、そういうところで改めて修正して、軸を調えていきたいなあ、とそういう時間にしていきたいと今思っております。
では、まず簡単にあのプログラムの方をご説明していきたいと思います。覚えていなくても大丈夫です。その都度、お伝えいたしますので。
あのまず私の方から、昌美先生がお書きになった詩をゆっくりと読ませていただきます。 あの、ぜひ耳を澄まして、あのお聴きいただければと思います。その後に、みんなで[我即神也 成就 人類即神也]という呼吸法の唱名の時間を取って参ります。でその静かな時間をとって、心が調ったところで、今度は宣言文、我即神也の宣言文をゆっくり気持ちを込めて、みんなでゆっくりと読み上げ、最後に我即神也の印を一回、真剣に組んで参りたいと思います。
印を組んだ後には、トワイマンさんの皆さま多くの方々がファンでよくお聞きになっていると思いますけれども、トワイマンさんの我即神也の曲を流し、流して参ります。
その時にほんとうに、自分をその愛し、尊び、自分に常に感謝する。そして守護霊さまや守護神さまに感謝する、という気持ちでその時間をとって参りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
それでは昌美先生のインフィニットワーズのシリーズの26の「人生に無駄なことはない」という詩を朗読させていただきます。
人生に無駄なことは何もない 西園寺昌美
人類はみな 高次の段階へと上昇してゆく
霊化してゆく 神化して行く
ゆえに何が起きようと
何も心配する必要はない
誰でもそれを受け止めるだけの
度量を備えている
いかなる時でも受容しようと決めた
その瞬間から、ふだんの何十倍もの力が
内より溢れてくるものだ
そんな時、特別な光明が自分の周りを包み込んでくれるのだ
だからこそ、悲しみや不幸が生じても
人間は必ず立ち直れるようにできている
そのようにはかられている
深い悲しみもまた、少しずつ思い出にしてゆくことができる 次第に癒されてゆくのだ
いつまでも過ちや 喪失を悲しんで何になろう
人類にとって無駄なことは何もない
しいて無駄なことと言えば、危険と称し失うことを恐れて何も成さないことだけだ
悔いを残さぬよう積極的に自分に向かってくるあらゆる困難を、勇気をもって受けて立とうすべてはやがて安らぎとなって帰ってくる
深い悲しみも喪失も、そして過ちも自らが穏やかに迎え入れる時、
内なる神の輝きを垣間見るのだ
常には光が差し込むことのない深い心の暗部にさえも、この時こそ特別な光明は沁みとおる
だからこそ無駄な事は一切無いのだ
何が起きようと、一週間が経ち、一ヶ月が経ち、一年が経ち苦しみが過ぎ去って、本来の自分に立ち返れば、その帰っていく自分の足音に次元上昇を体験するのである
平安な場を求めて各地をめぐり
安住したいといかなる情報をかき集めようと
自らの安らぎの場は地理的な場にはなく
常に心の中に存在しているのだ
魂の中にあるのだ
自らの内にこそ、
本来の安住の場が存在するのだ
自分の前に生ずるいかなる出来事も
ただ一喜一憂するだけで、何事も為さざれば、ただ運命に翻弄されるだけだ
一喜一憂の中にこそ、
特別な光明が溢れ出る瞬間があるのだ
何も恐れることはない
宇宙の力を 無限なる神の愛を受け入れ
自分を強く信じることだ
自分以外に、自分を高めあげ導くものはない 自らの魂を次元上昇させるチャンスなのだ
ついには、いかなる出来事にせよ
その喜びや悲しみにかかわりなく
そのできごと自体が深い霊的成長に関わっていたことに気づく
我即神也、
ああ自分は何と素晴らしきものかな
それでは、呼吸法の唱名を皆さんと一緒に 行って参りたいと思います。
5分ほど時間をとって、呼吸法をおこなって参りたいと思いますので、目をつぶってまず自分ご自身の呼吸を調えてみて下さい。
吸って 吐いて
吸って 吐いて
吸って 我即神也 成就
吐いて 人類即神也
吸って 我即神也 成就
吐いて 人類即神也
吸って 我即神也 成就
吐いて 人類即神也
<呼吸を調える>
吸って 我即神也 成就
吐いて 人類即神也
はい、有り難うございました。
それでは、皆さまと共に「我即神也の宣言文」をゆっくりと一言一言、噛みしめて奉唱して参りたいと思います。
<我即神也の宣言文の奉唱>
我即神也の印 (一回)
有り難うございました。
では、ほんとうに多分、この行を行う前にはすごくこうザワザワとソワソワとした感じがあった方も、こうやって自分の心を鎮めてほんとうの自分の軸=我即神也、自分のほんとうに神性の部分に繫がっていくと、ほんとうに自分の働きが愛おしく、自分の存在を愛おしく思えると思います。
いまからトワイマンさんの曲を流しますので、そんな自分をほんとうに尊び、愛し、自分を大切に思い、信じるっていう気持ちで我即神也の曲をゆっくりとお聴き下さいませ。
ジェームス・トワイマンさんの我即神也の曲
ほんとうに、今日も皆さまとこうやって繫がって自分を深めて、あの詩にあったように深い霊的成長を私たちが、ほんとうにこういう時間を共有できることを、とっても幸せに思っています。
では、次に神聖復活の印を真妃先生のほうからしていただきますので、どうぞよろしくお願い致します。
<神聖復活の印(7回)>
【真妃先生】
それでは皆さま、今から神聖復活の印を組みたいと思います。
<宣言文>
神人たちは知っています、
自分たちが真に変わったことを・・・・
この世に生じるネガティブエネルギーを受け止め、すべてを包み込む愛の力が、神人すべてに内在していることを
すべてを調和させ、融合させる感謝の力が、神人すべてに内在していることを
闇を光に変えていく変容させる赦しの力が、神人すべてに内在していることを
このことを自信と確信をもって、全人類に発信し、カルマを浄めきるのである。
1回目
7回目
有り難うございました。
<終わりに>
【真妃先生】
皆さま、本日も動画による祈りの会にご参加いただきまして誠にありがとうございます。
里香先生が、昌美先生が書かれた「人生に無駄なことはない」という詩を朗読してくださいましたが、皆さまは、この詩に耳を傾けながら、どんなことを感じられたかなあっていうふうに私は思っています。
その私自身もこの詩に改めて耳を傾けたときに、あっ、本当に自分の人生を振り返ってみて、無駄なことってないんだなあということを、しみじみと感じました。無駄なことって何だろうって考えた時に、何を思って私たちは無駄っていうふうに自分の人生の出来事をジャッジしているかって考えると、それは例えば、他の人の生き方だったりとか、社会が引いたレールとかと比べて、そこから一瞬、外れているように見えたりすることで無駄だって思ったり考えたりとか、自分がするのかなって、私自身は自分で振り返って思いました。
そうなった時に、皆さまが無駄なことがないっていう昌美先生の詩を読まれて、あっ、この時期のこの出来事とか、この人との出会いとか、この体験で必要ないなって、無駄だなって思った時に、ほんとうに無駄だな、無駄なことなのかなっていうところに、改めて気持ちを寄せてみることで、私たちが神聖な生き方を この肉体をもって体験するという目的を持って生きている私たちにとって、無駄な出会い、無駄な体験、無駄なできごとはほんとうになくて、完璧な人生を歩ませていただいているんだということに対する、深い感謝の気持ちが溢れてくると私は思います。
で、その感謝の気持ちは、そういう人生を選択して生まれてきた自分自身であったりとか、そういう人生を生きるためにお導き下さっている、陰ですごく大きくサポートしてくださっている守護霊さま、守護神さまへの感謝の気持ち、五井先生への感謝の気持ち、見えるもの見えないものに対する深い感謝の気持ち、そして自分たちの周りに居る家族とか友達とか、ほんとうにいろいろな体験を共にしてくれているその存在に対する深い深い感謝の思いが、ただただ溢れて来るなあというふうに思います。
そして、その気持ちこそが、ほんとうに自分の中の神性な想いの現れの一つだなということを、改めて今日の詩を聞きながらすごく思いました。そして、その想いの中で、やはりゆっくりと呼吸法の唱名を唱えて、あの自分自身の中にその自分の神性というものと深く繋がる時間を、こうやって呼吸を通して繋がれたこと、ほんとうに私たちの命って呼吸で、昌美先生が仰っておられますが、呼吸を通して神界と繫がっていて、祈りを通して自分の神性と繫がって神界と繫がっている。
そういう自分たちの存在を存在させてくれる大いなるもの、当たり前のようであまり意識してないものに、こうやってゆっくりと時間を掛けて改めてつながる時間を皆さまといただけたことは、私にとっての大きなギフトになりました。こうやって共にお時間を過ごして下さって、ほんとうにありがとうございました。
【里香先生】
皆さま、ではあの次回は、10月9日になります。ほんとうに、いま真妃先生もお話下さいましたけども、皆さま方と共に、こうやってこの私たちは神性で霊的成長を深めていく、こういう機会に繫がって祈れる機会がなんて有り難いんだろうかっていうことを、ほんとうにしみじみと今日も感じました。
ですので、また次回、10月9日、是非つながっていただければ嬉しく思います。
今日もほんとうに有り難うございました。
では皆さま失礼します。
すてきな一日をお送り下さい。
以上