200808-動画による祈りの会_昌美先生・由佳先生・真妃先生・里香先生
由佳先生、真妃先生、里香先生;
皆さま、こんにちは。8月8日のインターネットによるお祈りの会ご参加下さいまして、まことに有り難うございます。
ほんとに一気に暑くなってまいりましたが、皆さま如何お過ごしでしょうか? 本日もまたメインプログラムは八月になりましたのでテーマが変わりまして、本日のテーマは守護霊さま、守護神さまにフォーカスを当てていきたいと思います。
ではいつも通り、世界平和の祈り、メインテーマ、最後に神聖復活の印でプログラムを行って参りたいと思います。
では、いちばん最初に昌美先生からのご挨拶がありますけれども、まずこちらで英語で外国の方向けに簡単にご説明させていただきます。
では、よろしくお願い致します。
<昌美先生のお話>
えー、皆さま、ごきげんよう。毎月2回のお出会いを楽しみに致しております。お時間がたいへん限られておりますので、今日は、まだ皆さま方の届いておりませんが、この白光8月10日号、だから明日届くと思いますけれども私の方は先にきております。
この中で、やはり、一番重要なこと、私がいちばん最初に“神性の自己教育”ってものを書いております。これは、ほんとうに読んでいただいて、あのー、魂の中に染み込ませていただきたいのですけれども、なかなか私もこうやって読む、読んでるときはこうやって解るのですけれども、やはり魂に響いてこないと、自分自身がいまやっていることとか、あの雑念が入ってきて入らないので、今日はもっと話したいことはたくさんあるのですけれど、この中から抜粋して私がお読みします。皆さま方は目を閉じて言霊、もうほんとに言霊を聞いて下さい。
そして、私は何故これを選んだかと申しますと、五井先生がご神事で出て参りまして;
いよいよ昌美、来たねって、ほんとうに、これが神聖復活の印が遅くもなく、早くもなく、ちょうどいま降ろされて、みんながやっている。
その前に“消えてゆく姿で世界平和の祈り”が終わり、そしていろいろなことが終わって“我即神也”が出たときには、みんな、もうスタッフ一同、我々もギョッとして、これは我即神也をやる、えっ、ちょっと私たち自身が神、もうほんとうにスタッフも言えない、私自身も言えない、もう私自身も確信をもって言えない、だけれども、この・・をかざして私は神そのものですってやって、あの、訓練をして我即神也が始まったのです。最初はほんとうに、 “私自身が神”ということは言えないのですけれど、ご神事っていうのは、今日のパンデミックのこと、今日のことをちゃんと五井先生は知ってて、宇宙神は知っててこれを降ろすために、最終的には自分自身が我即神也だけではダメで、神性なる印が出てこなければ、皆さまが組んで下さる印がなければ、これは絶対にもう崩壊、地球崩壊、人類滅亡の時にきているのです。
その時に皆さまがこうやってここに集うってのは偶然ではないのです。いま生まれてきて、まえこの・・に入れてきて、そして五井先生につながって、そして消えてゆく姿で世界平和の祈りを祈り続け、しかも我即神也のあの厳しい、そのもう亡くなったオールスタッフ、理事長、理事たちもみんなやって下さいました。その、その受けてみんな生きています。生きています。皆さま方のお爺さまもお婆さまも、皆さま方の兄弟たちも、みんなあちらで、こどもたちもみんな生きています。あちらで一生懸命、一緒になって天と地が一つになって神聖復活が世界中に回ります。
その時の神聖復活とは一体どういうものかは、途中省いていきますから、皆さまどうぞ目を閉じて自分自身に問いかけながら頷いて下さい。
現在の人類は自分の神性というものを知らない。無知なる存在である。
人類が最も知らないもの、それは自分自身である。人類のほとんどは自らの聖なる魂そのものに、気づいてはいない。自分の本質を知らず、大自然と調和すべき生き方を、むしろ裏切っているのがいまの人類だ。
地球は、そして大自然は全人類の母のような存在である。あらゆる恵みを無償で与え、我々を生かして下さっている存在そのものである。その無償なる愛の中でも、最も大切なものが神聖の愛である。
しかし人類一人一人はそのことに気づこうともしない。
神聖とはいかなるものか? 知らないが故に自分自身の本心を活かせず、自分自身を裏切りながら生きているのである。目に見えるものしか知ろうとしない生き方では、偽りの環境に流されて生きていくことしかないのだ。
いま人類一人一人が抱えている失望、不安、苦悩、先行きの見えない混沌とした世界、それを創りあげたのは他でもない、自分を含め全人類一人一人の責任である。
いまこそ人類一人一人は深く「自己教育」をしなければならない。自己教育とは何か?
自分自身の本心を開発し、神性の扉をあけ、その扉の奥に自らが入って行くことである。
自己教育なくして人々は劣等感におちいり、自他を比較して自他を貶め、挙げ句の果てに自分自身がその結果を引き受けなければならないのである。自分自身の本心を開発し、内なる神性の扉を開いていくことこそが今生の仕事、魂のいのちである。
神聖復活の印は自らの潜在意識を解放し、肉体と精神を超越するものである。
肉体の生理器官、即ち細胞の修復や心拍数の上昇、下降は理性を超えたところで諸器官・諸機能が無言の内に調えて調整して調和しているのである。
それにたいして人類は、現段階において自分たちの意識がどこまでも自己コントロールでき、完治できると考えているのであろうか。
意識にとっての五感は、肉体レベルにおいてありふれた有形なるもののみを知覚する物理的な道具に過ぎない。しかし、魂=神性の領域はそれら五感という道具には制限されない。
祈り、神性復活の印は魂に潜在する無限なるすべてを解放し、肉体と精神を超越するものである。
いまの世の中の政治、宗教、人間の生き方は、平和、幸せ、希望、愛、調和ではなく、破壊に向かっている。これが現実である。
人類にとっての唯一の希望は、人から人へと数珠つなぎに広がっていく神性復活のみ!
それしかない!
それ以外には全く手段が無いのである。
神性復活の印は全人類の意識をネガティブ思考から解放し、輝かしい本来に向かって高め上げる。ここに生きてきた甲斐がようやく現れるのである。
なんの為にこの世に生まれてきたのか?
我々の生き甲斐は神性復活そのものである
神性を生きることのみである
自らの内に無限なる愛、無限なる叡智、無限なる幸せ、無限なる希望、無限なる治癒力、それらすべてが含まれていることを知り尽くすのだ。
それを絶対に自分自身に、何回も、何回も問いただし、答えを出していかなければ、この神聖復活は多くの人びとを引きつけることは出来ないのである。
その自らの神性を出そうともせず、知ろうともしない無知なる人間故に、自分自身を信じられず自らの生を生き切ることが出来なくなってしまっている。目の前に現れたことは内なる力を発揮するチャンスであるのに、自分には出来ない、ムリだと思い込んで人に依頼し、病気になれば医師に依存し、迷った意識のまま死につながっていく。どうしようもない。時には神にすがり、救いを願う、これは無知以外の何ものでもないのである。
奇跡とは他者や神が与えてくれるものではけっしてないのです。人間の真髄とも言える内なる神性そのものから迸り出てくるもので、ですから皆さま方がここに存在する。これだけの人数で神聖復活の印を組んで下さる方が10000人揃ったということは、あとは五井先生の消えてゆく姿で世界平和の祈りのあの初めての段階から、最後の段階、いよいよ滅亡の時に、これだけ皆さまがこうやって集まって神性復活を祈る。印、印は心とそれから雑念とは無関係にこの宇宙子の科学で響いて人から人へとつなげて数珠のように光の手つなぎで世界を一周していくものですから皆さまの存在が如何に凄いか。
ですから、過去の自分に自信が無い、ダメだ、出来ないなんてのは、それは長い間の潜在意識です。それをほかして出来る、可能がある。見せなければ、それがいまここに集まってつながっている皆さま方お一人お一人の前生の姿です。いまの姿ではない。輝いている。いよいよ時を一つにして、いっしょに世界を平和にしていきましょう。
皆さまの存在の尊さに、いつも私は力を与えられ皆さま方の印を組む力が、私にエネルギーとして肉体のエネルギーに入り、いまこうやって元気で昔とは考えられないエネルギーで飛び回っています。これは皆さま方一人一人の会員さまの存在そのものです。ほんとうに皆さま有り難うございます。
【里香先生】
皆さま、おはようございます。
ただいま、ほんとうにパワフルな昌美先生のお話、少し自分自身の、ほんとうに奥深くまで、このいただいた言霊を浸透させていきたいと思います。
はい。では次のプログラムに入って参ります。八月というのは広島、長崎、そして終戦記念日、五井先生のご帰神なさった月でもありまして、見えないものとのつながりをふだん以上に感じ、感謝の手を合わせる日が多い月となります。一昨日の八月六日は広島に原爆が投下され、75周年という日でした。約30年前から、この八月六日の日には広島の平和公園に祈りのメンバーが必ず集い、フラッグセレモニーを開催し続けて下さっています。
今年はこのような状況ですので、広島のメンバーとMPPOEのフミさんを中心に広島と長崎の祈りの75周年のインターネットのライブを開催致しました。ご覧になられた方もおられるかも知れませんが、世界からおおぜいの方々が集い、祈り、過去を癒して、過去から学び、そして核の無い世界というのを目指しました。明日もインターネットの祈りは11時からございますが、明日は長崎の地において長崎WPPCの実行委員の方々が小規模で平和の祈りを発信されます。このような状況の中でも、三密を考慮しながら、例年通り長崎の地より平和のひびきが放たれます。このように一人一人の尊い祈りと純粋なる平和への祈りが捧げ尽くされ、いま神性復活への時代へと次元が上昇して参りました。
私たちの祈りの原点は“世界人類が平和でありますように”という祈りにあります。五井先生は広島と長崎に原爆が投下されたあの悲劇の真っただ中、いまこそ日本人が代表して世界の平和を祈るのだと力強くおっしゃいました。五井先生も目の前に苦しんでいるすべてを失った人の前に、世界の平和を祈りなさいと伝えるのはお辛かったときもあったのではないかと感じます。
でも五井先生も昌美先生も常にご覧になっているのは、肉体界に現れる苦しみや悲しみではなく、その奥に潜んでいる輝く神性そのもの、直霊そのもの、肉体界に現れる苦しみに寄り添う愛の心を寄せて下さりながらも、その視点はもっと先に、もっと奥に、きらめく神性、一点一方向のみにあり、そこの軌道修正と共に私たちの意識も神性へと目覚めていき自分を信じ自分を愛し自分を導いていくところまで、いま、育ってきました。
私たちの日々の行とは、全体を捉えたほんとうに高いところにたった全体を包み込む祈りであり、とても高尚な祈りです。だからこそ、自ずと神性なる意識へと目覚めていき、個人人類が同時に成道し、救われる道になっているのです。
本日、この祈りの会でも、皆さまと数分間、静寂な時間をとり長崎に祈りを届け、平和を祈りたいと思います。
では目を瞑って心を静かに長崎へ祈りをお届け下さい。そして平和をお祈り下さい。
はい。有り難うございます。
それでは、引き続き五井先生の統一テープを流し、皆さま方と世界平和の祈りをして参りたいと思います。
<世界平和の祈り>
<守護霊さま、守護神さまとの一体化>
【由佳先生】
メインテーマとして8月、守護神さまに焦点を当ててまいりたいと思います。今日は私がお話させていただくのですけれども、里香先生が先ほどあったように日本では、地域によって7月もそうですけれども、8月、お盆という季節でご先祖さまをお迎えして、そしてまた戦争で亡くなられた魂をいろいろ見えない世界でのつながりというのを大事にされている習慣、文化がございます。
私たちはいつも、いつも世界平和の祈りの中で私自身の守護霊さま、守護神さまと常につながっていて、この世界平和の祈りの中で、ほんとうに私たちは守護霊さま守護神さまへの感謝だったり、愛だったり、つながりがあったりというのを感じていると思います。
で、あのー、この祈りの会にご参加下さっている皆さまはもうご存じだと思うのですけれども、私たちは白光の教え、お祈りをとても大事にしています。皆さまもそうだと思います。私たちの肉体の一部というか、ほんとうに慣れ親しんでいるものでございます。
でも、敢えて少し、このお祈りの会ではそのやり方を変えてみたり、工夫させていただくことによって、いつもいつも、ほんとに慣れ親しんでいるそのお祈りや真理というものが少し新鮮に感じられたり、違う角度から感じていただけたらというのをいつも私たちは感じております。
ということで、守護霊さま守護神さまの私たちの大いなる土台というのは世界平和の祈りをすることで、そこでほんとうに私たちはつながることが出来ます。と同時に、その土台の上に100人いれば、100通りのつながり方があるとも私たちは思っていて、で私のそのつながれるプロセスをお伝えしたいなと思ったときに、いちど確か高校生ぐらいだったと思うのですけれど、昌美先生が守護霊さま守護神さまのメッセージというのはいろんな処に含まれているのよ、というのを教えて下さいました。
あっ、忘れ物しちゃったといって飛行機の時間に間に合わなくて、でもそこで何か事故だったり大難を小難に代えていただく、それも守護霊さまの大いなるお働きが背後にあったりとか、或いは見知らぬ道端にいる人の言葉で何かひびいて、あっ、自分変わろうとか、こうしなきゃあっていう、そういうまったく知らない人を通しても五井先生、守護霊さま守護神さまっていうのは私たちにメッセージを与えて下さっているのよっていう、ほんとうに何気ない日常会話だったのですけれども、それまでは自分は寝る前の世界平和のお祈りの中で、大いなる見えない守護霊さま守護神さまをイメージしてつながって感謝していたのが、その日から日常生活の何気ない風景の中で、守護霊さま守護神さまの下さっているメッセージを聞き取ろう、感じようというふうに変わった覚えがあります。
もう一つのエピソードは、白光真宏会に働かせていただいて数年経った時期なので10年ぐらい前でしょうか。昌美先生が凄くたいへんなご神事をやられていてその時の海外の時に、たまたま私が同行させていただくことになりました。その時、昌美先生は4次元を超えて5次元、6次元の扉を開かなきゃいけない、そこに行って戻ってこなきゃいけない凄いたいへんなご神事の中で、いつもお祈りするのは別々にしていたときに、或る日、一緒に祈りましょうって言って下さって、すごく嬉しくって昌美先生とお祈りをしていた時を覚えています。いまでも鮮明に覚えていて、でもほんとうにたいへんなご神事であるというのを知っていたので、雑念をもたないようにしなきゃあって、昌美先生の邪魔をしちゃあならないと、ただひたすら必死に世界平和の祈りを自分の知識の頭の中で繰り返し祈るのが自分の精一杯だったのです。でその後に昌美先生が戻られたときに、一瞬戻れるか解らなくて、そのときに私の守護霊さまが助けて下さったって昌美先生がおっしゃって下さったんです。由佳のすご〜い守護霊さまが現れて導いて下さったから戻れたのよって言われたときに、私にとって凄い変化が起きた瞬間でした。
いままで自分はお祈りするときも、印を組む時も、ほんとに自分に力があるのかな、これでほんとに効果が十分出来ているのかなとか、ちゃんと集中出来ているのかなとか自分の頭の理解でしようとしていたものが、私の頭の理解を超えた守護霊さま守護神さまの大いなる働きが常にあるんだと思った時に、初めてお任せする、託す、そして自分がお浄めをさせていただくときも印を組ませていただくときも、自分がやっているんじゃあないんだ、自分の背後にいらっしゃる守護霊さま守護神さまとつながってやらせていただいているんだって、それをほんとうに実感したときに自分の印や祈りというものは、あのー、凄く、自分自身に取っては守護霊さま守護神さまあってやらせていただけるのだというのは、そこで初めて自分の力を発揮させて下さっているのだっていうふうに変わった自分自身の体験でした。
いちばん最初にお伝えしたように、皆さんもそれぞれご自身のつながり方や感じ方やふれあい方がある中で、いま一つの事例として自分がそうやって変化し自分自身はどうつながってきたかというのをご紹介させていただきました。
でもう一つイメージをご紹介したいのですけれども、私はいつも、皆さまご存じだと思うのですけれども、いつもこのアボガドを通して神性というものをお伝えしています。
このアボガドが私たち自身だといつも思っているのですね。皮の部分があって、中味の感情っていうものがあって、実はこの種が私たちの神性そのものである。
でも、多くの場合、外の自分の形で、ああ、イヤだなあ。私こんなのだなあとか、中がちょっと傷ついて、あのー痣になっちゃっているこの姿、私はなんて醜いのだろうとか。この中の沼に入り込んでこれしか見えなく為っちゃう自分がいたり、でもこういうところばかりを見ていると、自分のエネルギーはそこに注いでしまうのだけれどいちばんエネルギーを注がなきゃいけないのはこの種であって、何故ならこの種からすべての実が出てくるわけで、ここに無限なる可能性が秘められていて、ここに力を与えずに何も変化しない。ただ衰えていくこの外側に力を注いではいけないよっていうそういう例でアボガドをいつもお話させていただいていて、あの新鮮なる種っていうのはほんとうにここから芽がでてくるのだ。自分にはその無限のものがここに潜んでいるのだっていうので神性につながれる自分を話しているのですけど、時にここのアボガドの上で守護霊さま、私こんなに祈っているのになんでここが変わらないのとか、なんで私は一人なの、誰もどうせ私のことを理解してくれとか、いろんな自分の声がその時その時の自分の状況や自分がどの位置の視点をおいているかによって出てくることがあると思います。こんなに祈っているのに、何か守護霊さま守護神さまサイン与えてよ、なんで全然良くならないのって思ってしまうこともあると思うのですけれども、その時にいつも私がお見せしているのは、この写真です。で、アボガドがさっき言った私たち自身なのですけれども、どんな状況にあっても、自分が何を感じ考えていようとも、この手のひらが常に自分をずーっと、ずーっと、どの時代も、どの瞬間も、すっごい愛で、すっごい導きと、光で、癒やしで、守って下さっているんだということ。
だから、守護霊さま〜って、うえを一生懸命メッセージを送っていると、自分をふと、あっ、そうだ、その大いなるものの中で自分が自由に動いて自由に感じて自由に発しているんだ、それがどの状況であっても守護霊さま守護神さまのこの手のひらのイメージが自分にとっては、これはあくまでも私ですけど、守護霊さま守護神さまの愛の中で祈っていたり、印を組んでいたり、そして自分の本来の神性を最大限に発揮出来るようにと見守って下さっているっていうのをこの絵を通して感じています。
ですので、今日は一つ、提案として静かな時間をとりたいと思います。5分程だと思います。その5分の中で、もちろん世界平和の祈りを大事にしながら、あのー、ちょっとでもその守護霊さま守護神さまのイメージってものを感じながら静かな時間をとりたいと思います。なので、いま目を瞑っていただいて少し私がお話することもあるのですけれども、その後も守護霊さま守護神さまへの感謝と愛の気持ちで静かな心で目を閉じていて下さい。お願い致します。
私たちは、いつも、いつも守護霊さま守護神さまに守られ導かれております。
世界が騒がしくなると、変わりつつあるなか、コロナが脅威を振るっていて、災害がそこら中で起きていて
私たちは人類に印を組み、印を通して肉体のエネルギーを捧げ、お祈りを通して大難を小難に、少しでも防げるように、常に地球を思い、人類の未来を想い必死で頑張っています。
時に外の状況を見て、変化を感じず焦ることもあったり、急がなきゃと結果を感じずに疲弊してしまうこともあります。
でも私たち自身の力だけではない、私たちがお祈りをし印を組んでいるときも、守護霊さま守護神さまがその瞬間、私たちのエネルギーを最大限に活かされ貢献できるようお守りお導き下さっている。その存在があって私たちの働きは最大限にもっていっていただいている。
私たちは個でこの働きをしているのではなく、背後にいつも、いつも守護霊さま守護神さまが、印を組む時も、お祈りをしている時も、私たちの理解を超えて想像する以上で、共に働かせていただいているということ。目の前がどんなに暗く見えても、大きな壁に感じていても、ときに私が孤独だと感じてしまって、助けて−、解らないと思っているときでさえも、常に守護霊さま守護神さまがこの手のひらのようにいらっしゃる。だからこそ、私たちは心底、絶対大丈夫と言える自分がいる。
すべては完璧、欠けたるものなし、大成就
守護霊さま守護神さま、有り難うございます
もう少し、静かな時間をとりたいと思います。
では目を閉じたまま、ゆっくり世界平和の祈りを日本語と英語で行いたいと思います。
はい
<世界平和の祈り(日本語・英語)>
<神聖復活の印 (7回)>
【真妃先生】
それではプログラム最後の印、皆さまで神聖復活の印を組む時間にもちたいと思います。私がいつも読ませていただいておりますメッセージ、真理の言霊を読ませていただきますので、目を瞑ってその言葉に耳を傾けて下さい。
で、私が「ハイ」と申しましたら、皆さまと7回、神性復活の印を組みたいと思います。それではよろしくお願い致します。目を瞑ってゆっくりとした呼吸で、言葉に耳を傾けて下さい。
<宣言文:真理の言葉>
神人たちは知っています、
自分たちが真に変わったことを・・・・
この世に生じるネガティブエネルギーを受け止め、すべてを包み込む愛の力が、神人すべてに内在していることを
すべてを調和させ、融合させる感謝の力が、神人すべてに内在していることを
闇を光に変容させる赦しの力が、神人すべてに内在していることを
それを自信と確信をもって、全人類に発信し神聖復活の印を通してカルマを浄めきるのであります。
それでは皆さま、眼を開けて下さい。7回皆さまと一緒に印を組みたいと思います。
はい
<「神聖復活の印」 x 7回>
ありがとうございました。
<終わりに>
皆さま、きょうも有り難うございました。昌美先生、何か一言ありますか。
【昌美先生】
えーと、感動です。毎回すべての印ではなくて、こうやってお話が入るのがたいへんに心にそれぞれの皆さんで三人の役割も素晴らしかったし、それがもう月一回これで、あと一回はお祈りということで、こう交互に繰り返されたらとっても私自身は凄い気分が良くて、幸せで、もう皆さん、まったく一つにつながったような気がします。これからも皆さま、共に頑張っていきたいと思います。
皆さまお元気でお幸せで、で半日、あと自由で確信をもって生きて下さい。
はい、有り難うございました。次回は8月22日、土曜日、その次は9月12日になりますので、また8月22日にお目にかかれる方々は、また、ここでお会いしたいと思います。
以上