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260207_日本語版_神聖開発勉強会.pdf
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当日のお話
○はい。皆様、こんにちは。2月7日、土曜日の勉強会を始めます。
○はじめに、世界平和の祈りによる統一を行ないます。7分半ぐらいですね。勉強会で、最近よく使っている音になります。
<世界平和の祈り(約7分半)>
○はい、ありがとうございます。今この時代を指して、私よく使う表現は、「汽水域の時代」っていう言い方をするんですけれども、ちょうど川から流れてきた水(真水)と海水が混じり合う場所ですね。そこを「汽水域」っていうんですけれども、『神聖を忘れていた旧い価値観』と『人間は本来神聖の存在なんだ。それは当たり前のことなんだ』っていう、これからの価値観が混ざり合った世界に、私達は今生きております。
○そして、この「汽水域の時代」というのは、『終わりのとき』と『始まりのとき』が重なり合った時代でもあります。
○片方だけを見れば、地球は終わります。もうすぐ終わります。でも、もう一方を見れば、新しい時代が始まります。この『終わりのとき』と『始まりのとき』が今一緒のところにあるんです。
○確か、小田和正さんも歌っていましたよね。「始まることも終わることもきっと同じだね」って歌ってました。
○終わりは始まりなんです。今までの価値観の地球を終わらせて、新しい価値観の地球へ移行させる。そのために、私たちは今回、この時代に国を選び、親を選んで生まれてきました。
○私達の命をもっとずっとずっとずっと、前世、前々世、前々々世って、過去世をずっとさかのぼっていくと、単純に1本の霊系統じゃないんです。
○この話をするのには、『複合霊』の説明をしなくちゃいけないんですけど、人間の魂っていうのは、単純に一つの人格を持った霊が何回も何回も生まれ変わってるっていう、そういうもの(単一系統の輪廻転生)ではないんですね。
○これは「神と人間」をボロボロになるまで読んだ人はよくわかっていらっしゃると思うんですけれども、どんな人の魂も二つか三つの霊系統が命の元をたどってゆけばとある、ということです。
○中心になる霊系統っていうのは、私達の中の一番いい性質を持った霊系統になります。それ以外に、宿題がいっぱいあったり、課題がいっぱいあったりする霊系統がそこに混ざった状態になって、1人の人格を持った人間として、お母さんのおなかの中に入って、私達は生まれてきているんですね。
○だから、1人の人を見て、単純にこの人はすべてが素晴らしいっていう人はそうそういないと思います。
○特に人間の人格とか性格とかいうものは、「家族になってみて初めてわかった」っていうことが結構あるんじゃないでしょうか?
○例えば、結婚をするのに、結婚して一緒に暮らす前はもうお互いに「愛してるよ」「好きだよ」っていう気持ちで一緒になっても、生活を共にしてみたら、「この人はこういう面もあるんだ」っていうようなところが見えてきたりします。
○一緒に住む家族じゃなくても、職場の人間関係でも、お友達でもそうだと思うんですけれど、「長所と短所がみんなそれぞれに両方あるよね」って思えると思います。
○この長所と短所っていうのが、その背景に霊系統を観てゆくと、とても納得のできる話になってくるんですね。
○一番わかりやすいのは、「お酒を飲まないでシラフでいるときはいい人なんだけど、お酒を飲んだらたちの悪い人格が表面に現われてくる」っていうのが一番わかりやすい話だと思うんですけれども、そういうふうに人間の心の中には、いくつかの霊系統が入ってるんで、一人の中に様々な性質があるんですね。
○肉体に生まれて、60年・70年・80年・90年、人によっては100年を超えるぐらいの期間、私達はこの体と一緒に生きてゆくんですけれども、肉体界で私達がやることっていうのは、『魂の統合』、言い換えれば、『霊系統の統合』だという見方ができます。
○例えば、3本の系統の過去世が自分の魂に入っているとして、中心の1本は過去世で修行に修行を積んで、ありとあらゆる体験もして、もう悟りも開いたみたいな立派な霊系統で、残りの2本がそうでもない霊系統だとすると、今世で現われる人間性とか人格とかっていうのは、必ずしもそんなによくないことがある。100%が聖者のような人格っていうわけにはいかないんですね。
○よく「あの人は外づらがいいから」とかって言い方することあると思うんですけれども、外で人と接するときにはいい顔をして、いい人のように振舞って、でもおうちに帰ったら家族にぞんざいな口をきいたりするということがある。
○人によっては、家族にさえも心の闇は見せないで、自分個人の中でだけ悶々悶々として過ごされている方がいます。いわゆる『善人』と呼ばれる人達です。
○世間は、そういう人を「いい人だ」って言うんです。「あの人は善人だ」「あの人はいい人よ」という。
○でも、その人の心の中を観ると、批判・非難・評価の嵐が吹き荒れていたりするってことは、実はかなりある話なんですね。
○見えないからだと思うんですけど、こういう心の中の話って、みんな他人にあんまりしないですね。そういう心の内面を共有するような人間関係を持たれてる方ってきっと少ないと思うんです。
○それでどうなるかというと、宗教だとかスピリチュアルだとかに走るってことになるんですけれども、『魂の統合』『霊系統の統合』ということが、ある一定の段階まで進んでくると、完全ではなくても7割か8割、それ以上っていうふうに進んでゆきますと、人間は心の中から悩みが無くなって来るんですね。
○「生きていて辛い」とか、「苦しい」とか「悲しい」とか、そういう気持ちが薄れてきます。
○この状態を体験されてる方も結構いらっしゃるんではないかしらと思うんですけれども、若いときは悶々として過ごしていたけれど、「70歳を過ぎた今は、人生ってこんなに楽なものなのかってぐらいに、もう心が軽いのよ」っていう方もいます。
○70歳じゃなくても、60歳でそうなる人もいらっしゃるでしょうし、50歳超えてそうなる人もいらっしゃるかも知れないんですけれども、それは長所と短所、いわゆる宿題だらけの過去世と元々立派な過去世が魂の中で、ちょうどいい具合にミックスされて、混合されて、一つの人格として完成に近づいている状態だっていう言い方ができるんですね。
○この肉体界で私達がやることっていうのは、さっきも言いましたけれども、魂を大調和させることであり、霊系統を統合することなんです。
○よく「欠点を直したかったら長所を伸ばしなさい」っていうような言われ方を世間ではすると思うんですけれども、素晴らしい霊系統の中に宿題だらけの霊系統が溶け込んじゃって、その素晴らしい霊系統の光の中で悩みが成仏するんですね。
○今のこの話は霊系統に絞ってお話ししてますんで、守護霊の働き、守護神の働きとかの面からの話はしておりませんけれども、それをやってくださるのが守護霊・守護神で、特に守護霊なんです。
○私達、こうして肉体に入って生きていると、寝ないでずっと起きているっていうことは、ほとんどの人ができないと思うんです。この地球全体で見て80何億人いる中で、寝ないで生きられる人は1人いるか2人いるかっていうくらいです。
○でも、守護霊様は寝ないんです。もちろん守護神様もです。守護の神霊は寝る必要がない。
○この肉体界の時間で考えて、守護霊様は24時間起きつづけて、一体何をやってるんでしょう?
○自分が護っている肉体人間を導き続けてるんです。見守り導き、浄め続けているんです。守護霊っていうのは皆様もご存知のとおり、その人専属の神霊なんですね。その人を立派にするために、自分が護っている披守護体の肉体人間の人格を完成させ、霊系統を統合させ、神聖を甦らせるためだけに、守護霊は24時間働きつづけている。
○この守護霊の働きというのは、これが年がら年中なんですね。私達が生まれて肉体を去るそのときまで、ずっと守護霊様は、その人を寝ずの番で見守り導きつづけてくださっている。
○もし、守護霊様の心が人間みたいに短気だとしたら、守護霊なんて仕事はとてもじゃないけどやってられないですよね。
○どんなに導いても反対方向に行っちゃう。「こうしたらいいよ」って第一直感やひらめきを与えているのに、全然違う勝手なことをしちゃう。肉体人間はそんな人ばかり。
○なので、私、今でもそうなんですけど、本当に意識を守護霊様だけに向けたときに、目頭が熱くなるんですね。肉体人間側の心と神霊側の心で同時に目頭が熱くなるんです。
○肉体側の涙が出てくるような気持ちっていうのは、「よくぞこんなわからずやの私を見捨てることなく、今日まで導いてくださったな」っていう感謝の気持ちなんです。
○それと同時に、私の中に神霊の心で表面の私(肉体の私)に話しかける意識がある。その意識は、「よくここまで頑張ったね」「もう少しだからね」「もう少し一緒に頑張ろうね」って言ってるんです。
○私、その両方の想いを受けとめてみて、理屈っぽいんでやっぱり考えるんです。
○「何なんだろう?守護霊様の心なんだろうか?肉体の自分の気持ちはわかる。でも神霊の気持ちって、自分の神体の意識なんだろうか?守護霊の意識なんだろうか?守護神の意識なんだろうか?」
○本当は、そんなこと考えなくていいんです。私はそういう理屈っぽい性質の消えてゆく姿があるんで、そうやってついつい思ってしまうんです。
○そうすると、もうここ5年・10年、とってもありがたいことにすぐにお答えをいただけるんですね。「それは、あなたが思ったもの全部の気持ちだと思っていいよ」って。
○もっとさらに踏み込んで言うんですけど、「本当じゃないことは思わせない」って言うんです。
○それで、「自分の神体の心でもあり、守護霊の心でもあり、守護神の心でもあるんだな」って納得したことがありました。
○そういう心の中の話を、もっといろんな場面で、いろんな人同士で共有できる時代になったらいいなって私は思っているんですけれども……、あ、今、横槍が入りました。「あなたがそんなことを思わなくても、いずれみんなの心が筒抜けにわかり合う時代になるんだから心配いらないよ」と。
○みんな、今までは黙ってれば相手に知られないで済んだことが、黙ってても筒抜けに通じてしまう世界になるという話は、前回も言ってましたよね。
○心が立派になってる人、もう把われのない心になってる人、もう不動心そのものになってる人、神聖そのものになってる人は、いつどこから心を覗かれても、「私は何もやましいところはありませんからどうぞ見てください」って言えると思うんですけど、私も正直に今の自分の心を見つめると、まだそこまで至ってないなと思っております。
○この2026年、それを内面でやってゆきたいなと思っています。10年前、20年前と比較すれば、私も格段の進歩を遂げておりますけれども、やっぱりまだ「人間の想いの癖」っていうのが抜けきっていない面があるんですね。
○そこを今年、徹底的に磨いてゆきたいなと思っております。ちょっとここでまた、さっきとは違う統一を行ないます。
<世界平和の祈り(約14分半)>
○はい。ありがとうございます。それでは休憩にしたいと思います。2時5分まで休憩にいたします。皆様の画面は見えないようになっていると思います。気になる方はご自分のビデオをオフにして休憩に入ってください。
<10分間休憩>
○それでは、5分を回りましたので後半に入ります。ごめんなさい。さっき休憩に入る前にですね、私、間違えて皆さんのビデオを全部オフにする設定しちゃったんですね。
○ご自分で触れると思うんで、触ってみてもらえますか。もしくはこっちから……、どうしましょう。渡久地さん、自分のビデオをオンに……、できますね。はい、すいません。できた?できますね。はい、ごめんなさい。私が間違えてビデオをオフにしちゃった方、ご自分でビデオの絵を押してみてください。すいません。
○えっと……ですね、さっきの休憩前の統一がですね、14分半ぐらいの統一だったんです。
○事前に「今日はどの統一CDを使おう」とかって決めていないんですけれども、直感で「これ」って選んで使ったんです。それで「どうしてこんな長い統一を使ったんだろうな」って最初ちらっと疑問に思いながら統一してたんです。
○そしたら、統一をしてゆくその中で、「この時間は、“救世の大光明の神々や宇宙天使の方々が、私達の自己限定をお掃除してくださっている時間”だったんだな」っていうことを、先ほどの統一の後半になって感じておりました。
○というのは、もういろいろな種類の「諦めのひびき」が私の頭の中をよぎっていったんです。「どうせ何々だからどうなんだ」「自分は何をやっても変わらないんだ」「他の人はできるけど、自分はできないんだ」とかっていう、いわゆる“想いの癖”がお掃除されて流れ去ってゆく姿を観じておりました。
○「自己限定の想いが本当の自分じゃない」ってことは、いつも皆さん、いろいろ本で読んだり、お話で聞いたり、自分の中からひらめきとして出てきたりしていて、「神聖こそが本当の自分なのであって自己限定している想いってのは本当の自分じゃないんだ」っていうことを、きっと頭の中ではわかっていらっしゃると思います。
○でも、生活の波に巻き込まれて過ごしているうちに、だんだんとそういう気づきが奥へ引っ込んで、昔ながらの自己限定の想いの癖が脳裏をよぎるという経験を、多かれ少なかれ、皆さんもされていると思います。私もしています。
○その想いの癖が濃いとか薄いとかの違いはあっても、「完全に想いの癖がなくなったよ」っていう人はいないと思うんですね。私達、これは死ぬ瞬間まで向き合ってやるべきことなんだと思います。
○肉体を持って生きている限り、消えてゆく姿っていうのはあるんです。だから、やってゆかざるをえないことなんですけれども、先ほどの統一の中で、励ましの波も同時に感じていたんですね。「大丈夫」「心配ない」「できる」「諦めなくていい」っていうひびきを同時に観じておりました。
○それはまた初めの話に繋がってくるんですけれども、「汽水域の時代」にあるからこそ、そうした体験をしているということです。
○終わりと始まりが同時に“今ここ”にある。「一方は終わってゆき、一方は始まってゆく」っていう流れが、同時進行で今起こっております。
○「何が本当の自分なのか?」「本当の自分って何なのか?」「Who am I?」って自問自答することを最近、勉強会でよく言ってます。
○「私って何者なんだろうな?」「我とはなんぞや?」「本当の自分って一体何なんだろう?」……、ここがしっかりと確立されていないと、終わりの波に巻き込まれてしまうんですね。
○守護霊・守護神・救世の大光明・宇宙人の方々は、みんなこの世の波の終わらせ方をソフトランディング、軟着陸させようとして一生懸命働いてくださっています。
○でも、そういうことを知らない地球人側は、浄めても浄めても次から次へと新しい業想念を量産している。そんな“いたちごっこ”のような状況の中に今地球界はあります。
○こういうときに、宇宙人の方々がおっしゃるのは、「あなた方をまず立派にする」「あなた方をまず引き上げる」「あなた方が本当に変われば地球の未来は明るいだろう」ということです。
○本当の自分をしっかりと掴んで、「本当の自分っていうのは神聖だ」って一言で言いますけれども、「宇宙を創った命の源に直結した意識」、それが本当の私達の大元の心になります。
○守護霊様・守護神様、神様とか仏様とかって、“様”ってつけてるから自分とは違う人格を持った別な存在なんだろうって思われがちなんですけれども、守護霊も守護神も本当は自分なんですね。
○そういう意味で、もっともっと奥の世界へ意識が入ってゆくと、「私達は神々様とも一つであるし、宇宙天使の方々とも一つである」という言い方ができます。
○さらに奥へ奥へ奥へ、命の奥へ奥へ奥へと意識を鎮めて(鎮めるっていうのは沈没の沈じゃなくって、鎮魂の鎮ですね)、意識を命の奥へ鎮めてゆくと、大生命・命の大元・根源に行き着きます。
○本当に一体になれる日がいつかはわかりませんけれども、私達は日々の生活の中で、例えば統一行なんかをするときに、そこに近いところへゆくことが時々はあるって方もいらっしゃるかもしれません。
○そういうときに、本当に奥の奥の奥の奥の意識から改めてこの地球界を見渡すと、おじいちゃまもおばあちゃまもおじさんもおばさんも、みんな赤ちゃんに見えるんですね。どんな偉そうな口をきいている人がいたって赤ちゃんなんです。
○この人間界っていうのは、また別な角度から見ると、映画館へ行って観る映画の中の世界、スクリーンの中の世界のようなものだっていう話を聞いたことのある方もいらっしゃると思うんですけれども、要は「本当の私達はここにはいない」ということです。
○言葉を変えると、「肉体こそが自分だと思っていた想いは、本当の自分ではない」ということです。
○今この瞬間にも「肉体こそが自分なんだ」って思ってるその意識は、映画の中の登場人物なんです。本当の私達はそれを見てるだけ、観てる側の人達なんです。
○「肉体こそが自分だ」って思ってる人は、自分が見られる側の存在であることに気がついておられないんですね。
○でもどんな人も、本当に近い将来、『みんなが自分の中に見られる側の自分と見る側の自分を自覚する時』が来ます。
○最近、「それは私達の目の黒いうちです」って言うんですけれども、生きてる間にこの地球が大きく変わるときが来ます。
○そのように「地球を大きく変える原動力」こそが、60年・70年と祈り続けてきた「世界平和の祈り」なんです。
○近年そこに、「神聖復活の印」という究極の切り札が降ろされましたけれども、ベースは「世界平和の祈り」そして個人の人格を完成に導くのは、「消えてゆく姿で世界平和の祈り」と言われている想いの用い方です。
○いつも申しますけれども、「消えてゆく姿」っていうのは人のことじゃないんです。他人のこと、世界のことじゃない。本当に消していただかなきゃいけないものは、自分の心の中にあるんです。
○だから、自分を見つめる必要がある。自分を見つめたら世界人類に働きかけなくていいのかといったら、それもまた違って「世界平和の祈り」「神聖復活の印」他にもいろいろありますけれども、そういうツールを使って、世界に光を振りまきながら、「消えてゆく姿で世界平和の祈り」を通して、同時に自分の心を掃除し続けるんです。
○これって、車の両輪のようなものだと思うんですね。自分を磨き高め上げることと、世界に対して能動的に光を送るっていう働きは、右の車輪と左の車輪のようなもので、どっちかが欠けても足りない。
○私達は両方やっておりますので、自分自身の意識進化というものを促進しながら、同時に世界人類の意識レベルを引き上げるための影の働き、まったく目立つことのない、人に知られることもない縁の下の力持ち的な役割をいただいております。
○別に目立ちたくもないですし、人に知られたくもないんで、全然結構な話なんですけれども。
○天の側から、肉体の人達の状況を見たときに、本当に向こうの方々が欲しがってるのは神我一体になった人なんですね。
○神我一体になっている人の数が足りていない。「そんなの特別な聖者だけの話よ」って思う方もいるかわかんないんですけど、少なくともハッキリ言えることは、2020年を過ぎて以降のこの時代っていうのは、神我一体っていうのは特別な誰かだけができるっていう、そんな敷居の高い話じゃなくなったんです。
○誰でもができる時代に入ったんです。そこまで、神々や宇宙人の人達は影から支えて、私達を後押ししてくださいました。
○あとは、私達が自分の足で歩き、自分の手で神界の扉をつかみ、開いて、中へ入って、進んでゆくことです。
○そのときに、やっぱり心によぎってくるのが自己限定の想いなんです。「どうせ自分なんて」とか、「私にはこの先へ進む資格がない」とか。自分を低く見る想いの癖って言ったらいいんでしょうか?
○いい人とか善人とか言われる人は、一概に謙虚な方が多いんですけど、謙虚っていうのも良し悪しなんですね。
○「誤ちを悔ゆるはよけれ悔いのみに生くるいのちはおろかしきもの」。もう一つ、それに関連したのがありましたね。「卑下高慢いずれもいのち汚すもの己をしかと打出さむのみ」。
○これらは「道」の歌ですね。五井先生が昭和40年代か30年代かわかりませんけど、作って残してくださったお歌です。
○最初のお歌は「悪かった、悪かったって卑下ばっかりしてたら、それはおろかしいことなんだよ」ということを歌っています。後の方のお歌は「卑下することも高慢になることも、両方ともいのちをけがすことなんだよ。本当の自分っていうのをしっかりと打ち出していったらいいんだよ」っていう、そういうお歌です。
○でもここで、自己探求をしてる人としてない人で、また分れ道が来るんです。
○「“己をしかと打出さむのみ”っていう、その己って一体何なんだろう?」、「本当の自分って何なんだろう?」っていうふうに探求して答えを求めて、己が何者なのかがわかっていなかったら、それを打ち出しようがないんですね。
○「神の分霊です」「我即神也です」って、頭でわかっててもそれは現わせないんです。
○知識っていうのは、何かたくさん詰め込んだら役に立つだろうって思いがちですけど、実際生活の役に立たないんですね、知識っていうのは。
○「1足す1は2」とか計算の仕方とかだったら役に立つかもしれないですけど、誰かが書いた本の中にいいことが書いてあった、誰かが話したお話の中にいいお話があったっていう、それを覚えているだけでは役に立たない。
○その読んだり聞いたりしたいいお話を、自分に現わす。自分の何に現わすか?想念・言葉・行為に現わす。現わせば必ずその現わした分だけ自分が変わるんです。
○そうやって、どんどんどんどん自分が変わっていって、自分が成長していって、自分が進化していって、手応えを感じておられる方もたくさんいらっしゃると思います。
○「努力しても報われない」って思う方がいらっしゃるかどうかわかんないですけど、真理の努力は必ず報われます。自分が変わるという形で報われます。そして、自分が変わると世界が変わるんです。
○そうやって自分の見ている世界を変えた人が1人、2人、3人、5人、7人、10人、15人、20人、30人、50人、70人、100人、300人、500人、700人、1000人、5000人、1万人、10万人って増えていったら、世の中はそれだけ早く良い方向に変わっていきます。
○今はまだ99.9999って9がいくつ付くかわかんないぐらい、ほとんどの地球人が「神聖のしの字」も、思わないでいるような世界ですけれども、自分自身に神聖を現わして生きようとする、もしくは現わして生きている0.000001%の人が、なんとかかんとか神々や宇宙人との共同創造でもって地球を支えている現状です。
○例えば、そうですね、この地球が……、仮の話です。実際には起こりえないですけども、爆発して粉々になって、ちょうど火星と木星の間に小惑星帯っていって、粉々になった星の残骸があるんですけども、そういうふうになっちゃったら、それは他の星々にとって大迷惑なことなんですね。
○だから、宇宙の人達は、地球をそういう目に合わせないようにっていうことで、特に太陽系銀河の方々、あと地球の霊的な親星で太陽系の外で地球からは検知できないようなところにある星があるんだそうですけど、親星の方々とかが一生懸命人類に先駆けて、世界平和を祈る人達を本当に神我一体の人に仕立て上げようと、ものすごい応援の光を入れていただいている毎日毎日です。
○生活の中では私達、そんなことあんまり感じないかも知らないんですけど、「毎日毎日そうやってるんだ」っていうんです、向こうは。
○それはそれはものすごい応援の光です。普通に生きてたら浴びることのできないような、ものすごく地球を良くするために役に立つエネルギーを私達の中に注ぎ込まれております。
○表面意識で、それをキャッチされてる方もいらっしゃるでしょうし、「そうなのかな?」って思う方もいらっしゃるかも知れませんが、少なくとも今ここにおられる方々は、本当は只者じゃない人達なんです。
○「あなたは只者じゃない」って聞いて、心の中で「うんうん」ってうなずかれてる方がどれくらいいらっしゃるでしょう?「そうだよね。確かに我々只者じゃないよね」って。
○もっと5年・10年・20年前の私達だったら、「あなたは只者じゃない」なんて言われたら、「滅相もない。そんなことないです」って言って反応してたと思うんですけど、今の我々は人によってその反応の仕方は違うかもしれないですけど、にっこり笑って「ありがとう」って返す人もいるかも知れないし、「そうだね。本当に私達只者じゃないよね」っていう人もいるかも知らないんですけど、今言ってることが、ただの“口からのでまかせ”ではないということが、そうですね……、世界中の人達が宇宙人の姿を目撃できるような時代になったらハッキリと、今ここにいるこの人達が只者じゃないってことが、誰の目にも明らかにわかる時がきます。
○私達はみんな地球を完成させるために、宇宙の他の星から来てる人達なんですね。
○もし、宇宙人が現われるなんて聞いたら、「わー、宇宙人!」って見上げるような想いを持たれるかも知らないんですけど、なんのことはない、私達自身が宇宙人なんです。
○私達も宇宙人なんです。私達のこの存在、私達が今生で「世界平和のために働きたい」って思うその心は、いくつかある霊系統の中の一番中心の霊系統であり、この地球界での生まれ変わりの中で何度も立派な人生を体験してきた霊系統であり、その霊系統をさらにさかのぼってゆくと、地球の前の直近の星は金星です。私達は金星から地球へ移籍してきた宇宙人なんですね。
○でもそれは、今の肉体界側の見方からすれば、「宇宙人」というよりは「宇宙神霊」って言った方が正確なんだと思います。
○肉体のない状態で地球界の神界に引っ越してきたからです。そこから霊界・幽界・肉体界って波動の粗い世界を開拓して開拓して開拓して降りてきた。それぞれの粗い世界で生きることができる粗い体、粗いボディーをまとって……。
○だからいつかの勉強会でもお伝えしたことあったと思うんですけど、鶏が先か卵が先か?私達は鶏として忽然とこの世に現われたんです。一番最初の話です。地球界での一番最初はそうでした。
○これから全員がやるかどうかはわからないですけど、私達がやることは「屍解仙」ですね。屍を残さないで死ぬ。何にもないところに忽然と現われることもできたんですから、この肉体の波動を細かく細かく細かくして、この世ではもう姿も形も見えないっていう状態に変えることも、これからは可能になってくると思っております。
○それを望む人、望まない人で、未来の運命は変わると思いますけれども、望む方はもう富士霊園に入る必要もない。望まない方はそこへ入る未来がやってくると思います。
○この後半の始まりに、「自己限定の波を休憩前の統一で浄めていただいていた」っていうお話をしたんですけれども「無理、駄目、できない」って思ってしまうその思いを、深く深く深く観察してゆくと、そこに横たわっているのは「根源的な自己否定」、自己限定のさらに奥にあるのが自己否定なんですね。
○自分の何を否定してるか?命を否定している。命を否定するということは、神聖を否定しているっていうことなんですね。
○だから「我即神也」って口では唱えても、本当に心の底から100%思ってなかったら意味がないんです。
○例えば、自分の心を正直に点検して、「自分は99%信じてるけど1%はまだ疑ってるな」ってなったら、それはまだ本物じゃないんですね。
○私たちは元々神聖なんですから、100%神聖の存在だって自分を認めるところに帰る必要があるんです。
○宇宙人と交流できる時代の地球人の意識レベルっていうのは、「神聖当たり前」の世界なんですね。
○「地球人全員が神聖が当たり前って思えなかったら宇宙の星々と交流できないのか?」って言ったらそれもそんなことはない。
○私達のような突出した神我一体になった人達が、ある一定数揃えば、ほとんどの地球人が人間生命の本質を忘れた状態にあっても、宇宙人や神々はギリギリ姿を現わすことができるんだそうです。
○でも、何回も言いますけど、そのためには、私達が全員、本当の神我一体の境地に入る必要があるんですね。
○「今、無理」って思ってるかもしれないけど、できるんです。必ずできるんです。だから何十年も祈ってきてるんです。できない人は途中で道を外れて違う道へ行くんです。
○いつかの五井先生のお話に、「イエスや仏陀クラスの聖者をたくさん作る」っていうお話があったと記憶しているんですけれども、それが私達なんです。
○私達は今まだ何か人間的な欠点とかが気になるような気持ちがあったりするかも知れないですけど、近い将来、聖者になる人達なんです。
○その未来に対して、そうですね、あんまり浮ついた想いがない方は、かなり近いです、その未来が。
○「聖者になったらこういうことがあるかな」「ああいうことがあるかな」っていうような精神状態だと、ちょっとまだ先になります。
○何もの何事にもとらわれない。引っかからない。つかまない。執着しない。こだわらない。思い込まない。決めつけない。何があっても安心している。不動心。そういうふう性質が私達の中から甦ってくるんです。
○それは命に元々備わっている、標準装備の機能なんですね。それを忘れてしまった。持っているということを忘れてしまった。
○無限の生命エネルギーのことをお金に例えて言う人がたまにいますけど、使っても使っても使い切れないような貯金を持ってるようなもんだって言う話があるんです。
○けれども、それを引き出すためには、カードなり、暗証番号なりが必要なんですね。それが「私達の意識」なんです。
○自分が自分だと思っているこの意識を、「肉体こそが自分」ではなくて、「肉体はこの世で生きるための入れ物、乗り物、器であって、本当の私はいのちの光なんだ」っていう意識。その意識があれば、無限なる生命エネルギーを使いこなすことができるんです。
○平等に無限の生命エネルギーの貯金通帳をみんな持ってるんですけど、それを引き出して使うために必要なものっていうのが、今さっき言った「意識」なんですね。(無限なる性質の貯金通帳を持っていることさえ忘れてしまってる人も大勢います)
○だから、「自分って何者なんだろう?」っていう問いかけを自分に対して行なって、その問いかけに対して答えて、その答えたことに対してさらに深掘りするような問いを自分に向けて、そこに対して更に応えて、それに対してさらに深掘りするような質問を自分に向けて、それにまた答えてっていうことをやっていくと、自己認識っていうのが「本当の自己認識」「神聖?当たり前じゃないの」っていう自己認識に磨きがかかってきます。
○そういう日々の努力を繰り返してゆくうちに、「知らない間に立派になっていた」「知らない間に神我一体になっていた」「知らない間に悟りを開いていた」ってことになりますんで、どうぞお試しください。
○最後にですね、後でメールでもお知らせをしようと思うんですけれど、今年に入って中国語、韓国語を、7カ国のお祈りの祈りの言葉、それから宣言の言葉としてやっておりますけど、私ちょっと1ヶ所どうしても聞き取りができなくって、勘違いして聞き取っていた場所が1ヶ所あります。中国語です。
○ようやく今朝、謎が解けました。そっか、ホームページでお見せした方がわかりやすいですよね。これをこっちへやって画面共有、はい。
○中国語、全体。ここで言えば、レンレンジエの後、シェピンシンダン(ダ)って書いてます。
○これ、どうしてこう書いたかっていうと、こう聞こえてたんですね、私の耳には。でもシンって言葉は発音記号ピンインの中にないんです。
○何でそう言うかというと、ここですね、はい。レンレンジエシェピンディンダン(ダ)。ここが、もうめちゃくちゃな理解になっていたんですね。
○ピンの後にシンってないんです。ピンダン(ダ)なんです。なんでシェピシンダン(ダ)って聞こえてたんだろうっていうことの謎が今朝、解決しました。
○ここを見てください、ピン。上に上がる記号がついております。ということは、これは第2声、このピンは第2声なんですね。
○第2声って何かというと、この青い線ですね。「ああ!」って上がる音です。ということは、レンレンジエシェピンダン(ダ)。シェピンダン(ダ)。シェピンダン(ダ)。このシェピンって上がるところが私の耳にはシンに聞こえてたんですね。シェピンダン(ダ)。
○ピンインに戻りますけど、ここのアルファベットみたいなこれは、中国の人達が中国語を外国の人にもわかってもらうためにつくられた。「ピンイン」という英語の発音記号みたい表現なんですね。
○これで見ると、レンレンジエシピンダンダ。ピンはpíngって書いてますよね。このg、最後のこのgは、英語の「王様」「king」の「g」と同じなんですね。(Kingと言ってみせる)ほとんど「キン」ってしか聞こえない感じ。最後にちょっと何か聞こえるか聞こえないかっていう感じの音です。
○なので、「グ」って音に出さないけれど、その口の形は作ってるという部分になります。ダング、ピング、ダング。「シェピンgダンgダ」。シピンダンダ。シピンダンダになりますんで、ここまだ直してないんですけど、後で時間作って修正を入れておきます。
○ここですね。ピンの後ろにシンという発音はないんです。ピンってpíng、píng、 píng、 píng、 píng、 píngって、上がるところがなんか私の耳にはシンに聞こえてたっていうことなんだっていうことが、今日の朝わかったので、ちょっと勉強会の皆さんに先行してお知らせしておきます。
○はい、3時を回りましたので、最後に神聖復活の印を1回組んで終わりにしたいと思います。はい、よろしゅうございましょうか?じっと座っていて体が固まっているかもしれないんで、ちょっとほぐしておいてください。立っている方は足の裏で地面を足指でつかむように立つ。床を大地だと思ってしっかりとつかむ。座っている方はお尻が椅子についてそこからまっすぐ背筋を伸ばす。背中が曲がってらっしゃったらそれはそのまんまで、背筋を伸ばすという感じで座った状態で印を組みます。それでは始めます。「人類の」ですね。
<神聖復活の印を一回>
○ありがとうございます。最後の統一をしていたときの気づきについてお話したいんですけれども、ご自分が目を閉じて、統一をしているそのお顔を想像したこと、ありますでしょうか?
○自分がどんな顔で目を閉じているか?どんな顔で統一してるんだろう?私も無意識でやってたんです。そしたら、奥から「眉」「眉」って言ってくるんです。
○「そりゃ何のことだ?」って思ったら、眉が下がって眉間にしわができるようなそういう状態。こんなことですかね。眉間にしわができるぐらい眉が落ちてたんですね。「眉を上げなさい」って言うんです。目を閉じた状態で眉を上げる。そうすると、心が明るくなるんです。
○これ、起きてるときも同じです。無意識で生きてたら眉間にしわ寄せることがある。特に難しい考え事とか悩み事とかある方なんかは要注意だと思うんですけれども、意識を変えることで表情が変わるっていう面もあれば、表情を変えることで意識が変わるっていう面もありますんで、起きてるときも眉は伸ばす。
○統一してるようなときにも、眉を伸ばすっていうことを、ちょっと心の片隅に置いてみてください。私は統一中、見事に眉間にしわを寄せてたっていうことを、そのときに気がつきました。
○はい、ということで、ごめんなさい。3時10分を超えてしまいましたね。これで本日の勉強会は終わりにいたします。皆様のマイクをオンにします。ありがとうございました。
<ByeByeタイム>
○ありがとうございました。それでは本日の勉強会はこれで終わりにいたします。皆様、ご参加くださり、ありがとうございました。
以上