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勉強会にご参加の皆様へ
9月20日(土)の勉強会の書き起こしを送ります。
ホームページ『勉強会 2025年9月20日(土)13:00〜14:50』
divine-spark.peace51.net/study-session-saturday-september-20-2025-1300-1450/
上記のページを開いて、一番上にある YouTube動画を1.5倍速くらいに速めて音声を出し、その下にある文字起こしした文字を目で追ってゆくと、音と文字で同時に入ってくるため、よりよくわかると思います。もちろん通常の速度でもかまいませんが、話す声はゆっくりめです。 (※再生速度の変更は、再生ボタンを押した後に、右下に歯車の絵が出てくるので、それを押したらすぐに「再生速度」の表示が出てきます。そこを押して、「1.5」と書いた文字を押すと再生速度を変えられます)
PDF版はこちらです。⬇
250920_日本語版_勉強会.pdf
https://zoom.vg.peace51.net/download/23964/?tmstv=1758378339
過去の勉強会は、次のページからご覧いただけます。
https://divine-spark.peace51.net/study-group/
※初回は2023年9月17日(日)です。2024年4月7日(日)以降は、動画の下に書き起こしがあり、文字でお読みいただくことができます。
また、次回の勉強会は、2025年9月20日(土)午後1時を予定しています。
その間に何かトピックがありましたら、メールでお知らせします。
無限なる感謝
080-4118-6509
斉藤雅晴
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【勉強会メンバー専用のホームページ】
『神聖で繋がり合う人々』
https://divine-spark.peace51.net/
【ブログ】
『星々と交流する時代を切り開くために』
https://ascension21.com/
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250906-午後1時_勉強会
○はい。1時を回りましたので、9月20日、土曜日の勉強会を始めます。
○今日のテーマは、先ほど出ていたんですけれど、『神聖の存在としての意識を標準化する、当たり前にする』という内容になります。
○ちょっと待ってください。(少し席を離れる)
○はい、では、最初に神聖復活の印を1回組みたいと思います。
○言葉は、「人類の神聖復活、大成就」を2回繰り返します。いきます。
《神聖復活の印を一回》
○ありがとうございます。初めに今日のあのブログの文章を読ませてもらいます。(画面を切り替えて)「神聖の存在として生きる君へ」というタイトルです。
神聖の存在として生きるきみへ
"心の眼"を閉じて。
呼吸をユックリとして。
それを1分、2分、3分とつづけてゆくと、心が静寂の海に溶けるかのように広がってゆくでしょ。
そうしたら心の眼を開けてごらん。
きみは今、宇宙に広がる時空そのものだ。
きみのなかにすべてがある。
ほら、地球が見えるでしょ。
心の眼に備わった焦点距離可変機能(カメラのズーム機能のような機能)を使って、地上の人間たちを見てみよう。
きみが持つ神聖の眼(Divine Scope)は、肉眼のように表面だけしか見えないチャチな眼じゃない。
地球上に張り付いて生きてる"肉体人間と呼ばれる未開の生物たち"の過去世から今日に至る生き様、想念習慣の系統、複合霊としての在り方、直霊の系統、現在の意識レベルに至るまで、すべてを見通す眼だ。
それがこれからきみが使えるDivine Scopeなんだよ。
さあ、その神聖の眼を使って、地球人類の生き様を見てみよう。
人類の多くを占める"漠然と生きてる人間たち"は、棚からぼた餅が落ちてくるのを待つかのように、「ああなったらいいなあ」「こうなったらいいなあ」って指をくわえて生きてるでしょ。
そういう人たちは、その先の未来で悲観したり、諦めたり、可能性を閉ざしたりするような『想いの繭』を噴き出して、『何事も成らぬ(ままならない)人生』を創造しているね。
それが半分以上の地球人の実態だ。
そうした状況を何とかしようと足掻く人たちは、自らが努力をして、欲しい何かを手に入れる人生を歩んでいる。
そこで問題になってくるのが、その行動力の元になってる意欲が、何によって形成されているかなんだ。
全体の調和や幸せのためを思って行動してる人はまだいい。
でも、自我欲望による念力で、他を蹴落としてでも自分が這い上がろう、欲しいものを手に入れようってのはいただけない。
それを具現化するメソッドとして、引き寄せの法則って言葉があるでしょ。
ぼくたちにしてみたら、そんなの何万年も昔の"狭い意識のなせる業(ワザ)"なんだけど、二元対立観念の牢獄に自らを閉じ込めて生きてる人たちにとっては、「わらをもつかむ気持ち」で飛び付きたくなるメソッドなんだね。
そういうのを"横取りの生き方"って言うんだ。
多くの地球人が横取りの境界に生きている限り、未来は明るくないけど、地球には神聖を甦らせたきみたちがいるから大丈夫。
神聖の眼は、まず『自らの神聖たるを思い出したきみたち』に備わる。
そして、きみたちの生き様に触れた周りの人たちが感化されて、神聖復活を志向してゆく。
その先には、きみたちの道開きが功を奏して、多くの人たちが神聖なる生き方を自らの想念・言葉・行為に表わす世界になるんだよ。
人間は、神聖が甦ってくると、二元対立の価値観を旧く感じ出してくるもんでしょ。
そして、自分個人や近しい人たちだけの幸運や安寧しか望まなかった意識を改めて、全体に奉仕することが何よりの喜びになっていくよね。
そういう意識の土台のうえに甦る行動力は、素粒子の世界から見ても、宇宙全体の大調和の法則から観ても理にかなってるんだ。
それは、きみたちが長年祈りつづけてきた世界平和の祈りによって培われてきたものなんだよ。
それによって、きみたちが想うこと、語ること、行ない現わすことは、すべてが宇宙法則に裏付けされた、永遠に連なる現実創造を展開できているってわけなんだ。
「栄枯盛衰は世の習い」だなんてのはもう昔の話だよ。
いいかい、忘れないで。
きみたちは、みんなで力を合わせて『無限なる進化創造を展開する宇宙の神々の裔』だ。
自己都合の物差しで自他を計ってたのは、もうとうの昔の過去世での一コマにすぎない。
神聖の存在である今のきみたちは、生きながらにしての生まれ変わりを果たしたんだよ。
本当におめでとう。そして有り難う。
地球は、神聖による運命創造を成すきみたちのような未来人類によって、滅亡の縁から救われ再生してゆくだろう。
○はい、ありがとうございます。
○今地球上を見ていると、誰が見ても同じように見えると思うんですけど、表面の現れだけを見ていると、「世も末だな」っていう感想を抱かれると思います。
○あくまでも、表面だけです。
○私達の場合は、その奥の世界を見ていますから、今この時間にお腹をすかせて、食べるものがない人がいる。
○もう今日の命さえも続くかどうかと、ビクビクと怯えながら、過ごしている人もいます。
○そういう中にあって、神聖を甦らせた人々は、あまり周囲の人に無邪気にその喜びを語れないんですけれど、心の中ではワクワクして毎日を過ごされていると思います。
○どうして、私達は喜んでいるのでしょう。どうして、ワクワクしているのでしょう。
○そこを自分の心の奥に深く見てゆきますと、この肉体の意識が、いのちの奥の神聖と繋がっているからであることがわかります。
○肉体のこの想いというのは、1秒先のこともわかりません。
○でも、いのちの奥の自分は、自分がこれから進んでいくあらゆる世界線が見えるんですね。
○今、私はこういう意識でこういうことを想ってる。その先にはこういう未来がある。
○もし今そうじゃない想いを、その反対の想いを私が抱いたとしたら、また違った世界線が未来にやってくる。
○世界線っていうのは、人間の想念・言葉・行為による運命創造の結果として、幽界・霊界・神界に既に描かれている世界のことです。
○この世には、それが遅れて現れてくるんですね。
○だから私達は、毎日一瞬一瞬が選択・決断・実行の瞬間だと思うんですけれども、一瞬一瞬運命の分岐点を生きてるんですね。
○例えば今、私は咳をしました。
○咳が出そうだなと思って、それを我慢する未来。咳を我慢しないで、コホンってやる未来。飲み物を飲んで、喉を潤す未来。いろんな未来があります。
○一瞬一瞬、本当に私達の心を静寂の中に入って見つめると、一瞬一瞬が運命のわかれ道を生きてるんだなっていうことが、よくおわかりになると思います。
○この一瞬一瞬の選択・決断・実行の積み重ねで、私達は運命を作っているんですね。
○果因説という言葉がありますけれども、これについては、果因説の提唱者である昌美先生以外に、私の知ってる範囲が狭いのかもしれませんけど、そのことを体現してる人、もしくはそれを説明できる人っていうのは、とても少ないような気がしています。
○ということは、果因説が出たのが90年代だったと思うんですけど、出てからかなりの時間が経ってますけれども、私達祈りのメンバーの間で、この果因説があまり一般的になってないんじゃないかしらと思っております。
○こうありたい、こうなりたい、そういう自分の希望する未来を、今この瞬間に未来に向けて、こうやってボールを投げるように投げたら、未来から今に向かって何か流れてやってくる、みたいな説明の仕方がありました。
○けれども私はあの頃、果因説が本でも出版され、白光誌にも載り、お話としても聞いていたその当時、全くわかりませんでした。
○何となくわかるような気がするけど、自分がそれをできるっていう気持ちにはならなかったんですね。
○でも、それを使いこなせるようになりたいという気持ちは持っておりました。
○それで、最近去年ぐらいからか、今年に入ってからか、私、果因説のことをお話するときに逆算すればいいっていう言い方をしてます。
○例えば、今1の段階にいるとして、果因説が成就した状態を5としたら、この5っていうのは、結果ですよね。
○この結果から、5・4・3・2・1って戻ってくると、今1だったら、2の段階で、どういうことをすればいい、3の段階でどうだったらいい、4の段階でどうだったらいい、ってことがイメージできると思います。
○具体的にはっきりと画くのは、結果だけです。
○今の1から5の話でいえば、5の状態をはっきりとイメージする、ありありとイメージするっていう、それだけでいいんです。
○4・3・2の段階では……、1から5に行くのに、4の段階でどうしなければいけない、3の段階でこうあるべきだ、2の段階で具体的にこうしなければいけないって決めてしまうと、5に行くのに時間がかかるんです。
○途中を自分で決めてしまうと寄り道するんです、みんな。
○なんでかっていうと、1から5に行く途中の2・3・4は、私達が肉体の頭で「どうしなければ」「こうしなければ」って思わなくても、守護霊が用意してくれているんです。
○だから、常日頃から私達、守護霊様との繋がりを密にして、もう姿は見えないけど、「いっつも一緒にいるよね」っていう気持ちで生きていくことが大事なんだと思っております。
○例えば……、この話を理解するのには生々しいお話がいいと思うんで、「まとまったお金が欲しい」と思ったとします。
○そうしたときに、今の1から5の話で言えば、2・3・4でどうしなきゃって自分で固定してしまうと、守護霊様が用意してくださった未来が降りてこないんです。
○例えば、「パートに出てお金を稼ぎましょう」「アルバイトをしてお金を稼ぎましょう」と自分で決めてその通り動いたとします。
○確かにお金は貯まると思いますけれども、思ったようにはいかない、なかなかゴールは遠いねっていう状況になると思うんです。
○でも、例えばそれを、2・3・4を、自分で「こうあるべき」「こうしなければいけない」っていう想いを手放して、「守護霊様・守護神様、どうぞ私がまとまったお金を得るのに最適な未来をお与えください」っていうふうにお祈りしていると、「こういうふうにしたらいいよ」っていうひらめきが降りてくることもありますし、自分の何か、趣味でも何でもいいんですけど、得意なことが人に認められて、何か副業のような形でお金が入ってくる未来ができたり、思ってもないところからお仕事の声がかかって、それでまとまったお金が入ったとかってことが起こります。
○守護霊様におまかせしていると、そういうふうに、自分の肉体の頭では思いもしなかった未来がやってくるんです。
○これをもう、1・2・3・4・5、全部自分で決めて、その通りに動くんだって思って、頭でっかちになっちゃっている人は、そういう守護霊様の導きを受け取ることができないんで、苦労したり遠回りしたりするっていう未来がやってきます。
○私はいつも、「守護霊様、ありがとうございます」ってやり続けることがいいんですよって言ってるんですけれども、本当に守護霊様との繋がりが密になってくると、もういちいち「守護霊様、ありがとうございます」って思うこともなくなるんですね。
○何でかっていうと、自分がここに生きてるっていうことが、守護霊が今ここにいるっていうことになってくるからです。
○そこへ行くまでの間、一生懸命、「守護霊様、ありがとうございます」「守護霊様、ありがとうございます」「守護霊様、ありがとうございます」ってやっていると、守護霊様との一体化の道を歩んでいることになりますから、必ず自分と守護霊は一つだということが当たり前に思える自分に変わってきます。
○自分の意思で変わろうというのは、見ようによっては、「この方は頑張ってるね」「努力してるね」って話なんですけれども、それが守護霊の導きと離れてしまうと、なかなか思い通りにいかないなっていう苦悩を途中で感じるような……、もちろんそれも経験だからいいんですけど、でもそういう遠回りをしないで、神聖による運命創造を私達1人1人がしてゆけたら、自分自身の人生を輝かせられることはもちろんのこと、自分の余力をもって周りの方々の力になって差し上げることもできるようになると思っております。
○はい、今36分ですので、ちょっとここで休憩を一旦入れます。
○(画面操作の後)これでもう、皆さんの姿が見えなくなったと思いますので、47分まで休憩にしたいと思います。47分過ぎたら始めますので、よろしくお願いします。
《10分間休憩》
○はい、それでは1時47分を回りましたので再開します。
○皆さんに話したかどうか忘れましたけど、最近、私、早起きなんです。とても早起きをしています。
○元々夜型人間で、Zoom祈りの会が始まった最初の何年かは、やることがいっぱいあって、3時4時まで起きてるのがざらだったんですけれど、手伝ってくれる方ができて、やることを分担してやるようになって、そこまで一所懸命に頑張らなくてもやってゆける状態になって、その後、何がきっかけだったか忘れたんですけれど、夜は寝れるときは早く寝て、朝早く起きようというふうに考えを改めました。
○いつも4時半に目覚ましが鳴るんですけど、目覚ましが鳴って起きるときもあれば、鳴る前に目が覚めることもあれば、疲れてその時間に起きれなくて7時頃起きる日もあればって感じなんですけれども、まだ世が明ける前の暗い時間に、空が晴れているときは私、マンションの屋上に上がって、東の空を見て金星の光を見るようにしてるんですね。
○その時間、町は寝静まってますから、金星を見ながら神聖復活の印を組んだりしているんですけど、そういうことをもう何ヶ月も繰り返しているうちに、夜明け前のまだ暗い時間から東の空が明るくなっていって、赤紫のような、紫のような色になって、どんどんどんどん昼の色が入ってくるその時間に、意識がとても静かで穏やかで、「これが由佳先生の言ってたゼロ次元なのか」って思ったりしています。
○世間では「ゼロポイントフィールド」とかいう方もいますけど、とっても静かな世界なんですね。
○湖面に石を投げたらどうとかって話がありましたけど、どういう未来でも画けるんだって気持ちになります。
○「これってどういう状態なんだろうな」って思ってたときに、脳の波長を示す言葉でよく「アルファー波がいい」って話を聞いたことがあると思うんですけど、人間の脳は通常ベータ波という波長なんですね。
○「ああでもない」「こうでもない」「どうでもない」と思っているのは、ベータ波の脳波状態なんです。
○統一だとか瞑想だとかってことをすると、脳波を測定するとしたら、ベータ波がアルファー波に入り、アルファー波がシータ波に入るということです。
○シータ波の段階まで行くと、もう静寂そのものの意識状態、毎回の統一でなれるわけでもないんですけれども、それが朝の夜明け前の時間は、何の努力をしなくても、その意識状態になっているんですね。
○夜型人間だった私の感想で言うと、2時まで起きた、3時まで起きた、4時まで起きた、5時まで起きたとしても、その意識状態になったことはないんです。
○でも、早寝早起きをすると、ただそれだけで何の努力もなく、その状態に入れるんです。
○昔の言葉に「早起きは三文の得」って言葉がありますけど、本当に皆さんもきっと早起きの方が多いんだと思うんですけど、早起きを習慣にしてみて、私は初めてそれがわかりました。
○いつも意識の話ばかりしますけれども、意識が神聖の世界に入っていると、神聖の存在として生きることができる。
○その状態っていうのは、意識が神界に入ってる。意識レベルが神界に入っている状態を指します。
○それを肉体の側で見ると、さっきのシータ波の状態が一つの例です。
○でも人間は、シータ波の状態だけでは生活していけないんです。
○シータ波というのは、とても小さな周波数なんです。何Hz(ヘルツ)っていう数字が小さいんですね。
○7Hz前後だったと思うんですけど、これの真反対の波動……、ベータ波よりもさらに高い周波数に、ガンマ波という意識周波数があります。
○これは「何かに集中して取り組んでいるとき」なんかに発動しやすい脳波です。
○このガンマ波とシータ波が同時に活性化している脳波の状態になると、神聖意識を保ちながら、そこに行動力が伴うっていう状態になります。
○またブログの文章を読ませていただきたいんですけれど、はい(画面を切り替えて)、『瞑想時の周波数で生きよう』というタイトルです。
『瞑想時の周波数で生きよう』
すべての瞬間を瞑想するときの意識周波数で過ごしていると、心はより穏やかに落ち着いて、人生がより創造的な瞬間の連続になるね。
それは、肉体と精神が神聖の領域で働くように変化するからなんだけど、今日はそのことを量子力学の概念とからめて観てみよう。
「すべては粒であり、波である」っていう量子力学が示す命題は、人間の生き方そのものを映し出しているんだよ。
粒と波、粒子と波動、この二つの性質は、肉体と精神にそのまま投影されているんだ。
肉体ってのは、一見すると固い粒の集合のように見えるでしょ。
でも、ミクロの世界へとその実体を見てゆくと、原子の内部は広大な隙間に満ちてて、むしろ空間の中にポツンポツンって、粒がところどころに存在してるような状態になってるんだよ。
だから、肉体は粒であるように見えながら、同時に空間と波動に支えられた存在なんだ。
精神ってのは逆に、一見すると波そのものに思えるでしょ。
感情や思考は目に見えず、肉体の頭では、ただ波のように存在してるって感じられるからね。
でも、そうやって塊ではないように思える精神波動も、こだわりや思い込み、決め付けや執着といった“把われの想い”が凝り固まって来ると、まるで流れる水がせき止められるように、波動の循環が滞る。
その滞りはやがて、エネルギーの塊となって、人体における不調や病気として物質化することさえあるんだ。
つまり、精神もまた粒のように固着することがあるってことだ。
けれども、この状態は決して絶望すべきことじゃあない。
意識の用い方を少し変えるだけで、凝り固まった想いは解きほぐされ、再びサラサラと流れる水のように、波動は本来の循環を取り戻して、それが肉体に波及する『再生』や『蘇生』を経験することが出来るからだ。
精神の解放が肉体にも波及して、肉体的にも健康と調和のなかで生きてゆけるってわけさ。
ここで大切になるのが「瞑想時の周波数」だ。
瞑想によって顕われる脳波の理想的な状態は、シータ波とガンマ波が同時に存在する状態だね。
シータ波ってのは、深いリラクゼーションと潜在意識への扉を開き、心を鎮め、波としての人類を大いなる調和へと繋ぐ基礎的波動でしょ。
一方でガンマ波は、高度な認知、洞察、そして何より「現実を創造するエネルギー」として欠かせない役割を果たしている。
静謐さと創造性、この両者が一体となったときに、人類は生いのちの源の静けさに根差しながら、同時に、外の世界に向けて力強く、新しい現実を編み出すことができる『創造活動の実体そのもの』として生きられるようになるんだ。
それこそが神聖の生き方なんだよ。
きみがもし瞑想時の波動で日常生活を過ごすなら、怒りや不安にとらわれたときには、その乱れをシータ波の静けさで消さしめて、ガンマ波の集中力で望む未来に変換してゆくことができる。
きみが喜びや愛を感じたときには、シータ波の包容力でさらにその波を深め、ガンマ波の創造力で広げてゆくことができる。
そのようにして、肉体の一挙手一投足を、「粒子」として動かしながら、同時に「波動」として響かせてゆく意識を持つんだ。
それこそが「瞑想時の周波数で生きる」生き方なんだよ。
人間は粒であり、同時に波でもある。
肉体は波動性と粒子性の両面を持ってるんだ。
精神も同じで、波でありながら固着すれば粒にもなる。
だからこそ、シータ波とガンマ波が同時に表われている「瞑想時の周波数」を日常の基盤にすることで、誰もが心身を健やかに保ちつつ、現実を創造する力を高め、社会全体へと『調和と変容の波』を広げてゆくことができるんだ。
だから、「日常生活の一挙手一投足を、瞑想時の周波数で生きよう」って決めてごらん。
そしたらきみの人生は、すべてを生み出す源であるシータ波の静寂性を持ちながら、ガンマ波による現実創造の能動性を同時に生かして生きることが出来るからね。
「粒子でありながら波動である」という自己認識を持った生き方は、人間の真実を顕現して生きるための、現実的かつ霊的な道しるべとなるだろう。
○はい、ありがとうございます。
○周波数って言葉が何回か出てきたんですけど、私達、「周波数」って言葉をよく聞くと思うんですけど、私、よくよく考えてみたら「周波数ってのを説明してください」って言われたら説明できないなってことに気がついたんです。
○それで、周波数について勉強しましたら、そんなに難しい話ではありませんでした。
○例えば、すべての物質は波動を放ってるんですけど、物質だけじゃなく、精神も物質もみんな波動を放っています。
○その波動を測定する単位として、Hz(ヘルツ)って単位があります。大文字のHに小文字のzですね。
○これでHz(ヘルツ)って呼ぶんですけど、このHzって何かっていうと、1秒間に何回波打つかってことなんだそうです。
○例えば、脳波を計るとか、心電図を計るとかいった場面があります。病院なんかへ行くと、皆さんも病院の画面で波打ってる画面を見たことがあると思うんですけど、あの状態のように、1秒間に何回動くかっていうのを指して、「何Hz」っていう言い方をされるんだそうです。
○物にも周波数がありますし、人間の精神波動にも周波数がありますし、もちろんさっき言った脳波も同じですし、音楽でも、例えばC3とC4。C3っていうのは基準になるドの音ですけど、ドレミファソラシドのドですね。
○(キーボードでC3の音を鳴らす)この音は約130Hzです。
○ここから1オクターブ上がった一つ高いドの音(C4の音を鳴らす)、この音は約260Hzの音になります。
○1秒間に130回波打つのが、低い方のドで、1秒間に260回波打つのが高い方のドになります。
○さっきシータ波とガンマ波のお話しましたけど、それがいいって聞いたら、なんかそれだけを開発しようとか、それだけを高くしようとかって私達人間は思いがちなんですけど、そこでちょっと想いを止めて、いのちの奥に帰ってみてください。
○そうすると、あらゆる周波数を存在させてる源の存在に意識が向きます。
○私達のいのちの源は、すべてを許容しているんです。すべてを包み込んでるんです。
○「何はあって良い」「何はあっては駄目」ってジャッジしてないんです。
○だから、脳波の話でいっても、ベータ波を排除して、シータ波で生きなきゃいけないとか、そんなふうにこだわる必要はないんですね。
○シータ波が活性化すればいいけれど、ベータ波にも役割があるんです。
○なぜならば、私達の脳の中から一切のベータ波が出ないようにしちゃったら、この世の人付き合いができなくなっちゃうんです。
○だから、「何はいい」「何は悪い」って、一刀両断に決め付ける考え方を私達は卒業して、「すべてがあっていいんだ」という意識を持ちましょう。
○真妃先生か誰か、「すべてオールOK」って言ってましたけれども、「全部あっていいんだ」「オールOKなんだ」っていう宇宙の源、いのちの大元に、自分の意識の立ち位置を置いて生きることで、「何がいい」とか「何が悪い」とかっていう、こだわったり、思い込んだり、決めつけたり、何かに執着したりっていう精神波動の塊が私達のなかからどんどんどんどん少なくなっていって、いろんなことに臨機応変に活用して生きられるふうに変わってゆきます。
○さっきの文章の中で、「粒であり波である」「粒子であり波動である」という話がありましたけど、昔々の五井先生のお話を聞いたことがある方は、この話を「聞き覚えのある話だね」と思って聞いてらしたんではないかしらと思います。
○五井先生は、人間の体のことで説明をしてくださいました。
○覚えてらっしゃる方はいます?何となくでもいいですよ。何となく、漠然とでもいいですよ。あまりいらっしゃらないようですね。
○「この体っていうのがあるでしょ。この体は、塊のような固形物のようなものにみんな見えているかもしれないけれども、この肉体を顕微鏡で細かく見ていくと隙間だらけなんだよ」って言うお話をしてくださいました。
○それは人間だけじゃなく、例えば机、机って硬いように思いますけど、机も顕微鏡で細かく見ていくと隙間だらけなんだそうです。何でもそうですね。
○この世で、今一番固い物質はダイアモンドだと言われてますけれども、ダイアモンドさえも、細かく見ていくと、やっぱり隙間なく密度が濃くピチピチに詰まっているように見えるけど、やっぱり隙間があるんだそうです。
○ダイヤモンドを例えば、ものすごい巨大なハンマーか何かでボンと叩いたら砕けると思いますけど、人間の体は砕けるっていうよりは穴が開いたり、簡単にこのちぎれたりするような柔らかいもんです。
○どんなものにも隙間があるということは、それは波であり粒であるっていうことなんです。
○(原子の構造の図を表示して)これは原子の構造なんですけど、この大きい丸が一つの原子で、原子核という中ぐらいの丸があって、その中に陽子と中性子の小さな丸が入っていて、この原子核の周りを電子が回っているということです。
○人間の体を、本当に細かいミクロの世界まで見てゆくと、東京ドームの空間の中に、ポツンポツンポツンポツンって何個かしか見えないぐらい、それぐらい穴だらけなんだそうです。
○この話では、人間の体というものは、穴だらけであるということを言いたいんじゃなくって、量子力学では、「人間が見ることによって量子の状態に変化を起こすことができる」っていう話がありますね。
○二重スリットの実験の結果をもって、「人間の意識が量子の状態に影響を与えるんだ」っていうことで、スピリチュアル界隈の人たちは喜んで食いつきました。
○私は疑り深いんで、本当だろうかって検証をしました。そうしたところ、スピリチュアル界隈の人たちがこの話を都合のいいようにすり替えて、捏造していることがわかりました。
○人間が見たから量子の状態が変わったわけではなかったのです。
○それは、実験の方法を変えたから見え方が変わったということです。
○前のやり方では見えなかったのが、違うやり方をしてみたら見えたっていう、ただそれだけの話だったんですね。
○ただ、「量子もつれ」の話については、これはちょっと私もまだ納得のいく答えを得られていません。
○例えば今、自分の目の前にある量子に変化を加えたら、地球の裏側とか、何千キロも離れたところでも、同じ動きを量子がするっていう話があるそうですけれど、ちょっとそれに関しては、まだはっきりと「こういうことだ」って言えません。
○でも、量子力学の話をもってスピリチュアル界隈の人たちが「我が意を得たり」みたいな感じになってる風潮は「ちょっと違うんだな」というふうに思っております。
○私達、普段生きていて、いろんなことが頭の中をよぎっては消え、よぎっては消えると思います。
○都合のいいこと悪いこと、大好きなことそうでもないようなこととか、いろんなことが頭をよぎるんですけど、神我一体になる、悟りを開くっていうことに絡めて、この脳裏をよぎる想念をみていきますと、昭和24年に五井先生が何ヶ月か、3ヶ月か4ヶ月かって書いてましたけれども、神我一体になる直前に、「想念停止の修行」ということをされましたけれども、想念を止めるっていうことは並大抵のことではないですね。
○そこで、私達にできる想念停止の代わりになることが、呼吸と絡めて光の言葉・真理の言葉・神聖の言葉を思い浮かべるということです。
○周りに人がいなければ、声に出したらなおさらいいですけれども、呼吸と一緒にやる場合は思うだけでいいと思います。
○呼吸法の称名ってありますよね。「我即神也」で吸って、「成就」で止めて、「人類即神也」で吐く、白光で呼吸法って言ってるのは、あれは特殊なメソッドです。
○多分一日中、「起きた瞬間から寝る瞬間までそれをやってます」という方はいらっしゃらないんじゃないかなと思います。
○鼻腔を鳴らす、宇宙のバイブレーションの音をさせる、肛門を閉める、お腹を引っ込める、一日中やってられる方は、なかなかいらっしゃらないと思います。
○私がいつも思うのは、そういう特殊な呼吸法も時々はいいけれど、一番大切なのは、気を抜いて生きてる瞬間の呼吸だと思ってます。
○日常生活の呼吸、起きている間中の呼吸、これがある程度ユッタリとしたリズムになれば、自動的に脳波も整いますし、意識の中心も臍下丹田に降りますし、心にも体にもいいことずくめなんですね。
○本当にごくごくごくごく例外の一部の修行者の方は、何分も息を止めたりとか、吐く息で3分以上吐いたりとかしています。
○私も挑戦しましたけど、それは特別な話で、普通の場合はやっぱり4秒か、5秒くらいだと思うんですね。
○ちょうど神聖復活の印を組んでるときぐらいの息の長さ、これで一日中呼吸が持続したら、個人差あるかもしれませんけど、心拍数は70いくつで収まります。
○心拍数っていうのは、心臓が1分間にドクンドクンと脈打つ回数ですね。
○これが80何回、90何回ってなると、呼吸がもう浅くなってしまうんですね。
○これが75より下ぐらいになると、だいぶ落ち着いてきます。
○落ち着くっていうのは、まず心が落ち着く。
○そして体の上では、心臓が1回の鼓動で送り出す血液が強く送り出されるんですね。
○心臓という臓器は、鼓動の回数をある程度抑えると、1回の鼓動で血液をたくさん送り出そうとするんです。
○そうすると、末端の毛細血管にまで、動脈を通って血液が行き渡って、動脈を通っていく過程で、「はい、あなた」「はい、あなたにも」「はい、あなたにも」「はい、あなたにも」って、ヘモグロビンが酸素を渡していくんですね。
○その活動が活発になるのが、ユッタリと呼吸をしてるときなんです。
○これを一時的に、「1分だけやりました」「5分だけやりました」「10分だけやりました」じゃなくって、一日中そうしたらいいんじゃないかと思って、私は自分の体を実験台にしてやってみたところ、やっぱり素晴らしい成果を感じました。
○何か測定する機械があってやったわけじゃないんですけれども、心にも体にもいいことしかないという状態になりました。
○4、5秒で呼吸するっていうのは、そんなに難しいことじゃないです。
○「吸うのも吐くのも30秒でやってください」って言われたら、ほとんどの方が「無理」って尻込みすると思うんですけど、4秒5秒だったら、誰でもできると思うんですね。
○持続するために何が必要かって言ったら、もちろんやる気とかモチベーションとかそういうのも大事なんですけど、習慣を作ることだと思うんです。
○例えば、「トイレにいる時間は呼吸をユックリにしよう」とか、「お台所で料理してる時間は呼吸をユックリにしよう」とか、あんまり最初からあれもこれもどれもってやったらうまくいかないんで、最初は少なく、そういうルールを作って自分で習慣にして、習慣になったらもっとその範囲を広げてゆくんです。
○例えばスーパーに買い物に行く。その行き帰りの歩く時間は呼吸をユックリにしましょうとか、自分でルールを作ったら、もう自動的にそうなってるっていう状態にやがてなります。
○そうすると、もう努力も何にもいらないんですね。自動でそうなるわけだから。この方向づけを最初にしてあげるのが、私達の意識のやることです。
○例えば「”世界人類が平和でありますように”という言葉を思い浮かべているときは、私はユックリと呼吸をしている」ってルールを自分で作って、そのように振る舞うと、それを続けると習慣になります。
○習慣になると、努力しないでそうしている自分に変わっているんですね。
○そういうふうに自分が自分を導く、自分が自分を育てるという工夫をしてゆく。
○工夫っていうのは1人1人違うと思うんです。私達はロボットじゃないですから、自発的なクリエイティビティ、創造力がみんな一人一人に備わっています。
○だから、毎日・毎時・毎分・毎秒・毎瞬、喜びながら、感謝をしながら、ワクワクしながら、自分が自分を導き、自分が自分を育てるというふうな生き方を、みんなでしてゆけたらいいなと思っております。
○はい。今日の話はここまでにしまして、最後に神聖復活の印を3回連続で組みます。お祈りの言葉は、先ほどと同じです。
○座ってなさる方は、例えば椅子に座っているんだったら、自分のお尻が足の裏だと思って、もう地球と一体化してる気持ちで座ってください。
○立って印を組まれる方は、足の指ですね。足の指で、足元が畳の方もいれば、絨毯の方もいれば、フローリングの方もいれば、様々だと思うんですけど、それが富士聖地の野外会場にあるような地球の大地だと思って、足の指先でその大地をギュッとつかむ感じで立ってみてください。
○それで、如来印をお腹において、微妙に右に左に、前に後ろに、ちょっと体を微妙に動かしてみてください。
○私は今、わかりやすいように大きく動いてますけど、こんなに大きく動かなくていいです。
○そうすると、ズトンと天と地球が繋がって、ビシッと1本の大きな光の柱のなかに自分が立っているような、一番安定する角度の立ち方があると思います。
○そのときに、立ってる方は膝をあんまりピンと張らないで、膝はほんのちょっぴり緩めて、お尻はキュッと閉じるんです。
○そうすると、お腹も引っ込めやすくなりますし、良い姿勢を保ちやすくなります。
○そうやって地球と一つになって、「人類の神聖復活、大成就」で3回、神聖復活の印を組みたいと思います。
《神聖復活の印を三回連続》
○ありがとうございました。
○今のように、天と地を繋ぐ光の柱の中に入って印を組んでおりますと、私達1人1人のこれからの未来、この地球界で何をなすべきかということがまざまざと画き出されてきました。
○80何億人の方々に、神聖の世界へ昇っていただくときが来るんです。
○そのために、必ずしも世界人類全員と私達が会う必要はないんですけれども、自分たち一人一人のご縁のある範囲で、世界平和の祈りの真髄を伝え広めて、印を組みたいという方がいらっしゃればお伝えをしてというふうに、コツコツコツコツとやってゆくということです。
○ここに今いらっしゃる方はほとんど白光の方なんで、どうしても私も白光の言葉を使って話しますけれども、世間の方々にお話するときに、白光の専門用語を使っても通じないことが多いですね。
○「それはあなた、消えてゆく姿よ」なんて言ったって、「消えてゆく姿って何ですか?」ってところから始まる。
○私がいつも思っているのは、白光用語を使わないで、真理をお伝えできる練習をしておいた方がいいなっていうことです。
○そのためには、自分の中に真理を全部落とし込まないと、自分の言葉で話せないんですね。
○この自分の中に落とし込んで、かつ、自分の言葉にして表わして、誰にでもわかりやすい一般的な言葉でお伝えするためには、二つの「はっこう」が必要だと思っております。
○まず自分の中に入れ込む「はっこう」っていうのは、お味噌とか納豆とかの「発酵」です。
○自分の中に落とし込んで発酵させるんです。
○その発酵ができたら、それを人にお伝えする場面では、光と成って発することができるんですね。
○それがもう一つの「発光」です。
○光を発するっ書く「はっこう」、【発酵させれば発光する】って私は言ってるんですけれども、これをコツコツコツコツとやってゆくことが大切だと思っております。
○一つの思想、一つの宗教に凝り固まると、世間一般の方々と交流できなくなるんです。
○白光の中では通用しても、世間の人には通用しないということになりますんで、誰にでもわかる専門用語じゃない言葉で、真理をお伝えできる人がいっぱい増えたら素晴らしいなって思っております。
○はい、もう2時48分ですね。これで終わりにしたいと思います。
○本日もご参加くださり誠にありがとうございました。
○皆様のマイクをオンにします。
《Bye-byeタイム》
○それでは、本日の勉強会はこれで終わりにいたします。ありがとうございました。
以上